マチャボがくれたコメントへの返信にも書いたのですが、
私は既に死んでいる昔の人達の方が、
息遣いまで聞こえそうなくらい生き生きと身近に感じることがあります。
史跡などが好きなのは、そのせいかなとも思います。
逆に今そばで生きている人であっても、
まるで死んでいるように、遠くに感じることがあります。
その差は何かなと考えたら、
やっぱり生きざまを考えている人かどうかなんだと思いました。
生きざまを感じれば死んでいる昔の人にも心が揺さぶられ、
生きざまのない人には、目の前に生きている人でも心は動かないのです。
穏やかだとか優しいとか、真面目だとか、良い人とか、
そういうのは生きざまの判断基準になりません。
穏やかで良い人でも生きざまのない人って多いですから。
同様に、デカい事や派手な事を生きざまと言ってるのでもないし・・・
もっと人生の本質的な部分の問題です。
うまく表現できませんけれど。
今の世の中は、生きざまを問わなくても、
一見豊かで穏やかにさえ見える人生を生きていけるのかもしれませんが、
私はそれでも生きざまを考えずにはいられないです。
もし私の育った境遇や私自身の個性が、
生きざまを問わずにはいられない人生にしてくれたのだとしたら、
それはある意味でとても幸せな事なのかもしれません。
辛いことの方が多い人生だったとしても、
びっちり身の詰まった蟹みたいな本物の味のする人生だったと、
死ぬ時に思えるでしょうから。