一年前の同大会で、感動的な復活優勝を果たしたケイゾーですが、
今大会では残念ながら初戦敗退という結果でした。
その対戦相手は若い柔道の強豪選手で、
いきなり決勝戦みたいな組み合わせと言っても良かったと思います。
この階級はその選手が優勝しました。
ケイゾーの階級はこの選手以外にも強豪がひしめくハイレベルな階級。
中途半端な気持ちの選手なら、出場する階級を変更したくなるほどでしょう。
そんな中でも、もちろんケイゾーは逃げることなくエントリー(笑)。
彼のそういう逃げない姿勢は本当に凄いと思います
自分が敗れた後も、道場仲間のセコンドにつくケイゾー。
一年間の血のにじむような努力を砕かれた直後でも、
敗戦後、彼は自分の弱さと相手の強さを認め、
「明日から練習しますよ!」と言っていました。
その言葉通り、彼は今日から練習しているでしょう。
正直あの年齢であれだけの練習をするのはキツいと思います。
若い人でさえ、あれはキツいです。
彼がブログで練習の事を書いているのですが、
それを読むだけで私は時々吐きそうになります(笑)。
中途半端でしたが私も選手だったので、そのしんどさはよく分かりますから。
トップ選手は選手生活の最後の方で、
色々な試練や洗礼を周囲からも受けるものです。
どういう洗礼かはここには書きませんが。
年齢からくる力の衰えだけでなく、
そういった類の悔しさも受け止めるのもまた人生の通過点。
それを避けて通るようでは男じゃないでしょ。
屈辱から逃げる男は、所詮それだけの生き方の男だと私は思っています。
傷つく事を恐れて真っ直ぐにぶつからない。
ダメそうならすぐに諦める。
何やら言い訳や嘘臭い大義名分を振りかざしては逃げを誤魔化す。
スポーツの世界だけではなく、
私たちの人生の中でもそういう事って沢山あるじゃないですか。
だからケイゾーを見ていると勇気が出て来るんです。
自分にとって本当に大事なもの、本当に大切な人に対してさえ、
「ダメならやらない」「何のメリットもないなら別にいい」という人が殆どです。
そういう情けない生きざまは、その人間からどんどん輝きを奪っていきます。
そういう腰の引けた生きざまは、人の心の扉を開く事はないでしょう。
「懸ける」ということは物凄く強い気持ちだと思います。
最後の最後になってもダメかもしれない。
全ての努力が最後の最後に粉々に砕かれるだけかもしれない。
それってやっぱり怖い事ですよ。
もしそうなってもやるんだという気持ちなのですから、「懸ける」って凄いです。
私の好きな御書の言葉にこういうのがあります。
強敵を伏して始めて力士をしる。
「強い相手を倒してこそ初めて本当の力士と言える」という意味です。
ケイゾーにぴったりの言葉だなとよく思います。
隙間産業の様に楽なところばかり探してる目線の低い人とは、
ケイゾーが決定的に違うところです。
強い相手に向かっていく男は美しいなと思います。
例え力及ばず敗れても、実力を暴かれるのを恐れない姿勢に感動します。
何よりも本気で勝とうとしているから本気で悔しがる姿に感動しました。
どうして彼がここまで貫けるのか知りたくて色々話すのですが、
正直あまりよく分からなかったりもします![]()
だって、思考がぶっ飛び過ぎていて理解不能というか・・・。
でも彼からはとても真っすぐなものを感じて、
側にいたり話していると単純に凄く楽しいんです。
その真っすぐさが、彼が味方だけでなく敵からも愛される理由なのでしょう。
ケイゾー、昨日はお疲れ様でした。
休んでねと言っても休まないのは分かっているから言いません
また今度ゆっくり食事でもしましょう。





