私は小学校から中学まで、
警察の少年団で剣道をやっていました
中学では卓球部に所属していたのでかけ持ちでしたけれど。
女は力士になれないと分かった私の次の夢は、剣道日本一!でした。
タカハシ先生の熱心な指導もありましたし、
幸い剣道の才能はあったようで、
合同練習の時などは中学生ながら強い高校生に勝ったりしていました。
そんな訳で高校進学の時に剣道の強豪校に誘われたのですが、
ちょうど母が倒れた時期で家事などを私がやらなければならず、
父の猛烈な反対もあって泣く泣く諦めました。
そこに進学するには家を離れ、下宿しなければならなかったのです。
病床に伏していた大好きな母を、
酒乱の父のもとに置いていくつもりは勿論ありませんでしたが、
「おなごはメシ作ってれば良いんだ!」![]()
という父の言葉にはとても傷つきました。
どうして男の兄は家事をやらなくていいのだろう?と腹が立ちました。
酒飲んで好き勝手ばかりしている父にも腹が立ちました。
「母さんがこうなったのだって、父さんのせいでしょ!」と、
掴みかかりたくなりました。
私が男だったら、絶対に父親と殴り合いの喧嘩したと思います![]()
そのせいか、食事は女が作るものという意識の男性は凄く苦手です。
そういう考え方の女性も苦手です。
洗濯もそうですが、料理は、男女はもちろん独身、既婚に関係なく、
一人の人間として基本的に身につけるものだと思います。
料理は大変だったりするけれど楽しいし、
うちではどちらか作れる方が作ります。
二人でもよく大笑いしてふざけ合いながら一緒に作りますよ![]()
まだ剣道着を買っていないから、始めたばかりの頃の写真だと思います。
剣道の写真はあまりありません。
稽古後の黙想中。
これは練習試合で、左のジャージ姿が私です。
剣道の恩師タカハシ先生と写った貴重な一枚。
とっても怖くて厳しい先生でしたが、情熱もハンパなかったです。
一度、みんなの前で愛のムチというか猛烈なしごきを受けたことがあって、
本当に怖かったし苦しかったのを覚えています。
決してサボっていた訳ではないのですが、
中学の部活の卓球部が忙しくて剣道の練習に中々行けなかった頃でした。
その日、「ノリコ、来い!」ととっても怖い顔で言う先生に、
いつもとはどこか違う雰囲気を感じていました。
それはちゃんとした稽古というよりは完全なしごきで、
つばぜり合いから、私は床に叩きつけられ壁に吹き飛ばされまくりました。
立たせてももらえないというか、立ち上がるとすぐに吹き飛ばされるのです。
前蹴りや足払い、腰投げも炸裂で、もう剣道ですらなかったです![]()
ボロボロになって立てず、悔し涙を流す私に先生が、
「どんなに才能があったって、練習しないやつはダメなんだ!
」
と吐き捨てました。
それだけ目をかけ期待してくれていたのだと、今は感謝しています。
私の才能を伸ばしてくれようとした先生は、
先生の実家に下宿させるからそこから通えと、
先生の出身校でもある強豪校への進学の話を持ってきてくれました。
冒頭に書いたように、断念せざるを得なかったのですが・・・。
私は家庭の事情などで、好きなものを諦める事が多かったです。
出会うのが遅過ぎたり、本当に好きなものを好きと言えない事情もありました。
家事に追われる事もなく好きな事が出来たり、
好きなものを何のためらいもなく好きと言える人達がうらやましかったです。
いつも、一番やりたい事ではなく、
本当に好きなものではない事から何かを選ばなければならない自分の人生が、
とっても嫌でたまりませんでした。
今日のおかずは何にしよう? 父さんはまた暴れないかな?
そんな事ばかり考えて心が休まることのない中学高校時代でした。
でもその分、音楽や文学は深く私の心に沁み込んできました。
今、好きな事をやっているのはその反動かもしれません。
小さい頃我儘を言えなかった分、大人になってから我儘になったかも![]()


