昼休みに一旦マンションに帰ってきて、
昨夜録画してあった『N響アワー』を視ました。
32年間続いてきたこの番組も最後ということで、
これまでの放送を振り返る内容でした。
「もしかしたら・・・」と思ったのですが、
嬉しい事に私のヴァイオリンの先生だった故・新堀先生が、
しっかりと映っているじゃないですか![]()
この画面ですぐに、新堀先生が映っていると判りました。
思わず「先生~!」って叫びながらテレビにしがみついちゃいました(笑)。
風貌だけでなく、先生のヴァイオリンの構え方ですぐ判ります![]()
先生です![]()
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写真ではなく動いている先生の姿は久しぶりに見ました。
嬉しかった~!でも、涙が止まらなかったです
私の父より何歳か年下でしたが同年代で、
私はまるで自分の父の様に先生を慕っていたと思います。
先生も私を気にかけ、とても可愛がってくれました。
レッスンは厳しくて怖かったですが、熱心でしたし、
何とか少しでも上に引き上げてくれようとしてくれているのが分かりました。。
レッスン後はよく喫茶店でお茶したり、ご飯食べたり、
休日には一緒に近くの大きな公園に散歩に行ったり・・・。
コンサートにも連れて行ってもらいました。
NHKの食堂で一緒にご飯食べたなぁ・・・懐かしく思い出しています。
生きていて欲しかったです。
頑固で不器用&無愛想な先生でしたが、
女性をきちんとエスコートできる素敵な男性でした。
だからあんな美しい奥様と結婚できたのかな~?と思います
私がまだ子供だった頃から、
出先で先生は私の荷物を必ず持とうとしましたし、
実際に持ってくれました。
申し訳なくて「自分で持てます!」と言う私と、
「いいからよこしなさい!」と言う先生とで、
よく路上でバッグやヴァイオリンケースを引っ張り合ってました(笑)。
私にボーイフレンドが出来て報告した時は、
「そいつはどこのどいつだ![]()
そんな奴は絶対ダメだ! やめろ!
」と大激怒。
険悪なムードが漂い、初めて会話が弾まなかった日でもありました。
レッスンの時に指輪をして行ったら、
「楽器や弓に傷がつくから、そんなもんは外せー![]()
」と叱られたり
今でもヴァイオリンを弾く時は言いつけを守って指輪は必ず外しますし、
そのたびに先生の事を思い出しています。
いつも一緒に行くトンカツ屋さんがあって、
大食いの私は毎回必ず大盛りを頼んでいました。
人の何倍も食べる私を、先生はいつも嬉しそうに見ていました。
それが年頃になって体重を気にし始めたある日、
「先生、私今日は普通盛りで良いです! デザートもいりません!」
と言っちゃいました。
あの時の先生の一瞬の何とも言えない寂しそうな表情は、
今でもはっきり覚えています。
でも次の瞬間先生は、
「何馬鹿な事言ってんだ
!
いっぱい食わなきゃダメだ
」
と有無を言わさずいつもの様に大盛りを勝手に注文
しかもその後で行った喫茶店では、
更にケーキ
やパフェ
を山の様に食べさせられ、
「先生、絶対に私を太らせようとしてる! 先生なんか嫌いだ!
」
と内心思ったものです。
そんな先生に反発したというか、
お説教くらうのが嫌で自分からは連絡しなかった時期もあります。
反抗期みたいなものでしょうか![]()
それでも先生は、心配して電話や手紙をくれました。
今思えば、まるで父親のように心配というか、
やきもきしてくれていたのでしょうね・・・。
私が仕事も忙しくレッスンに行けなくなった頃、
やはり新堀先生についていた大学の後輩から、
「先輩、先生にちゃんと連絡してあげて下さいね。
いつもナックリンさんのことばかり心配して訊いてきますよ。
先生はナックリンさんを一番可愛がってますから」と言われました。
本当にありがたいことです。
それなのに私は・・・。
先生に癌が見つかったのは、ちょうどその頃でした。
先生がその数年後に亡くなった時は、
この世から唯一の味方がいなくなってしまったような喪失感を覚えました。
自分がまた一人ぼっちになってしまった様に感じました。
私が初めて信頼し、唯一頼りにしていた男性でしたから。
先生は、私が先生のこと大好きだって事、分かってくれていたのかな?
仕方ない事だし悲しい事ですが、
私は一度も自分の実の父親を好きだと思った事がありません。
だから、先生を大好きになって、
「父親を好きという感情は、きっとこういう感じなのかな?」
そう思ったのを覚えています。
先生との沢山の思い出を思い出すと、今でも涙が出て来ます
不器用でいつも怒ったような顔していましたが、
とても温かく優しい気持ちを持った先生でした。
誠実で責任感が強い人でした。
自分を可愛がってくれたから好きだったのではなく、
そのヴァイオリンや仕事に対する姿勢、
情熱や責任感の強さをとても尊敬していたからこそ大好きでした。
私の冗談に、いつも弾けるように笑ってくれた先生の姿や笑い声も、
レッスンで怒鳴った時の顔も、今でも忘れることが出来ません。
ミドリさんのところにレッスンに行くと、
私の後に小学生の女の子がレッスンを受けています。
彼女が教本のホーマンの曲を弾くのを聴きながら、
新堀先生から習った時の事をいつもぼんやり思い出しています。


