ヴァイオリンのレッスンに行ってきました。
「ドッペル完璧!」と豪語して乗り込んだ私でしたが、
ミドリさんが私に言いたい事は、
次の言葉に集約されてると言って良いでしょう。
「寝言は寝て言え!
」
「顔洗って出直してこい!
」
Yes, ma'am!![]()
レッスンに関しては以上です
今日は前回と違ってフォークが出て来ました
私はレッスンで辛い事があると、
必ず帰りに立ち寄るお店で熊本名物「いきなり団子」を買います![]()
初めて買ったのはいつだったか・・・。
確かその日は特に辛いと感じたレッスンで、
いつも以上に心身ともにダメージを受けた私は、
「今から夕食作る気なんかしない。なんか買って帰ろう」と、
帰り道の途中にある某高級スーパーに立ち寄りました。
そこでこのいきなり団子を見つけて衝動買いしたのです。
帰って取りあえずその温かい「いきなり団子」を食べた瞬間、
その素朴な甘味と温かさに、疲れた身体だけではなく、
ミドリさんにズタズタにされた心まで癒される想いがして、
思わず涙が出そうになった程美味しかったのを覚えています

それ以来、レッスンの度にほぼ毎回、
癒されたい時にはこれを買って帰るようになりました。
つまり、毎回辛いという事かな!?![]()
という訳で、もちろん今日も買いました![]()
このいきなり団子といい、からし蓮根や馬刺など、
熊本名物の食べ物はなぜか大好きです。
自分の故郷でもないのに郷愁を感じ、癒されます。
熊本城も大好きですし
九州で一番好きなのが熊本ですから
今日のレッスンでは、
弾けない自分に対してだけでなく、
他の意味でも自分が情けなくて、自分自身に腹が立ちました。
こういう情けない自分が大嫌いなので、壁を殴りたくなります。
「もう嫌だ!」って投げ出したくなる事もあります。
帰りの電車の中でちょっと涙が出て来ました。
こういう自分は大嫌いなので変えたいです![]()
話は全然違いますが、指輪の話をします。
先日、義母から指輪をもらいました。
私は以前ブログにも書きましたが、
結婚する時に旦那の母親が嫁に指輪をあげたり、
旦那が母親の指輪を嫁にあげるというのが嫌いです。
愛する人との間に自分の母親を介在させるなんておかしいからです。
それも、自分では買ってあげずにお母さんの指輪を渡すなんて、
私が男だったら絶対にそんな事はしませんね。
自分で選んで買った、その人にだけの指輪をプレゼントします。
間に誰も入れたくはありませんから。
その考えは今も変わっていません。
でも、この指輪はそれとは全く意味合いが違う指輪なんですよ。
決して「主人の嫁」としての私にくれたのではなく、
私と義母の間に主人は介在していないというか、
あくまでも義母と私という間柄の信頼関係でくれたものです。
その信頼関係が出来るまでには、20年という時間が必要でした。
結婚する時には義母からは指輪はもらいませんでした。
何十年もたった今、間に主人をいれないお互いの信頼関係の上で、
義母が形見として、友だち?としてその指輪を私にくれたのです。
今回の様な形でもらえたことがとても嬉しいです。
好きな人から、お互いの間に誰も絡めず、介在させずに何かもらうのは、
とても嬉しいことですから。
指輪でなくても、たとえささやかなものであっても宝物はあります。
たとえ相手は何の気なしにくれたものであっても、
自分にとっては宝物というものもあります。
大好きな人からもらったものは、何十年も大切にとってあります。
これはある意味、今でも私にとって一番の宝物です。
私の大学合格のお祝いにとその人がくれました。
以前、事情を知らない主人が「これ捨てていい?」と捨てそうになった時、
私は主人を殺しそうに
なりましたから![]()
これをもらう前は、その人にメモ帳に書いてもらったサインが宝物でした。
しまい込んでしまいましたが、今でもどかにあると思いますよ。
その人が所属するオーケストラが秋田に来て演奏会をした時、
私は母と一緒にその人が出てくるのを待って、サインしてもらったのです。
「絶対東京に行って、私はこの人からヴァイオリンを習うんだ!」と、
勝手に決めていました。
家庭のことなどで人生で一番辛い時期でしたが、
私はその人の存在が心の支えになって頑張れたと思います。
私が辛うじて道を踏み外さずに済んで今ここにこうしていられるのは、
大袈裟ではなくその人のおかげです。
あの時期を乗り越えられなかったら、本当に私はどうなっていたか・・・・・。
だからその人のことは人生の恩人だと思っています。
何があってもとにかく大好きで、大切な存在なのです。
今思えば不思議としか言いようのない出逢いでした。
今、夢が叶って、ミドリさんからレッスンを受けています。



