私の生まれ育った秋田では、
東京とは違って満天の星空が広がり、
月も細かい部分までくっきり大きく見えたほど、
本当に美しい空でした。
物凄く立体的で、まるで迫ってくる様に感じられたほどです。
東京に出て来て見た夜空はまるで全く違うものの様で、
星が殆ど見えない夜空を背に浮かび上がる月は扁平で、
まるで浮世絵に描かれた月のようだと思ったのを覚えています。
秋田にいた頃は、辛いことがあると、
家族に気付かれぬよう夜中にこっそり家を抜け出して、
遮るものがない所に行って大の字になって空を見上げ、
「どうして自分は生まれてきたのだろう?」と考えました。
「どうしてこんな家庭に、こんな境遇で、こんな容姿で、
どうして私は生まれてきたのだろう?」と考えました。
美し過ぎる自然が自分の悲しみを際立たせるようで、
余計悲しくなって涙があふれてきました。
家の中では声を出して泣けない分、外では声を出して泣きました。
「私は生まれて来たくなんてなかった!
生まれる所を間違ってきてしまった・・・。
これは私の人生じゃない!」
そんな想いをいつもいつも抱えていました。
生まれて来て良かった!と初めて心から思えたのは、
高校生になってある人と出逢った時でした。
その時期はある意味、一番辛い時期でもあったのですが・・。
その人がいなかったら私は、今ここにこうしていないと思います。
それだけに、その人に対する想いは特別で、
他の誰とも比べられるものではありませんし、
誰にも分かってはもらえないと思います。
その後も変えようのない辛い事はたくさんあって、
若い頃の私は何回か死にたいと思った事があります。
もしも来世があるのなら、私は早く生まれ変わりたい・・・
まるで今世に心あらずみたいな時期もありました。
どうしても自分の人生が受け入れられなかったというか。
でも、この信仰と出逢って、来世に対する考え方も、
今世に対する考え方も大きく変わりました。
昔の私には考えられない事ですが、
今では自分のことが大好きです(笑)!
生きていく上ではこれからも、
変わらずに辛い事はあり続けるでしょうし、
好きな事を好きと言えない事も時にはあるでしょう。
これまでと同じように、意に沿わない事、
思いがけない事もたくさんあるでしょう。
本当にやりたい事、一番好きなものは選べず、
それ以外のものや時には無意味に思えるものから、
何かを選び取ってやっていかなければならないとしても、
出来る事は何かしら必ずあります!
この身体で、この容姿で、この境遇で生まれた意味が、
使命が、必ずあると信じています。
宿命を使命に変えて、泥の中から立ち上がる蓮の花のように、
強く生きていきたいと思います。
一番好きな事を出来なくても、
それでも自分の出来る事はあるし、力を発揮しなければならない。
それはまだ漠然としていて、うまく言えないのですが。
それでもたった一つだけ譲れない、
どうしても私は自分が自分でありたいと願う事があります。
それにさえけじめをつけられたなら、
私はこの自分の人生を悔いなく生きていける様な気がするのです。
その事が伝えられたなら、
私はこの世に生まれてきた意味があるとさえ思います。
それさえも黙っていろと言うのなら、
私はこの世に生まれてきた意味がないとさえ感じます。