こんばんは | ナックリンの部屋

ナックリンの部屋

日々のちょっとした出来事や思ったことなどを、気ままに綴るブログです。

今日、東京では桜の開花宣言がされました*さくら*

明日からは暖かくなるようです。


被災地ではドラム缶からガソリンを直接給油するという、

人力作戦も行われていたり、

JR貨物も燃料系の輸送を増やすなど、

頼もしいニュースも流れています。

こういう映像は人々に安心感を与えますねうえ


相変わらず原発の問題はありますが、

計画停電や節電にはだいぶ慣れてきました。

地震以来、マンションの8階までの昇降は階段で行っています。

怖がりなので閉じ込められるのが嫌なのが一番と、

エレベーターを使わない節電と運動にもなりますから。

病院の看板も半分消しています。


今、盛んにPTSDの事が取り上げられています。

悲惨な体験をしたり見た人が、それによって抱える問題です。

今回の様な震災や戦争、家庭内でのDV、虐待、性的虐待など、

心が壊れてしまうほど辛い体験をしたり見た人がなります。

フラッシュバックや鬱状態、PDなどの症状にも苦しみます。

アメリカではベトナム帰還兵などがこの問題を多く抱え、

社会生活からも逸脱していくケースが多かった事などから、

特に注目され始めましたが、実際は戦場体験よりも、

家庭内でのDV、各種虐待によるもののケースの方が多いのが実情です。

PTSDについての詳しい説明は割愛させていただきます。


今回の様に国民的レベルで体験したり、

見たりしたケースは別ですが、

個人的なケースの多くは、

周囲からの理解も得られず二重に苦しむ事が多いです。

私自身、PTSDの体験者です。

父のDVの光景が瞼に焼きつき、ずっと苦しんで来ました。

それをある程度乗り越えられたなと思ったのは、

両親が亡くなってからの、ほんのここ数年のことです。

専門家や同じ体験をした人以外からは、

理解してもらえる事はまずないと思った方がいいです。


目の前でご家族が津波に飲みこまれる瞬間を見た方が、

その時の様子を苦しそうに話しておられました。

最後に家族の名前を叫びながら濁流に飲まれていったと・・・。

恐らくその光景は忘れる事は出来ないし、

ずっと苦しみ続けることでしょう。

何度も何度もその時と同じ辛い感情を反芻しなければならないのは、

本当に地獄の様な苦しみです。


自分の大切な家族が目の前で流されていく・・・。


私の母は苦労したし、私も苦しみましたが、

母は最期をベッドの上で信頼する人達に囲まれて迎えられたし、

私も出来る限りの事は頑張ったと思えますから、

その方たちの苦しみに比べたら・・・。

それに親を亡くしたのは自分だけじゃありませんから。

母の死に限らず、

自分の悲しみだけが特別なものだとは思っていません。


乗り越え方にマニュアルなんてありません。

乗り越え方も、かかる時間も人それぞれ。

泣く泣かないも人それぞれ。

泣くか泣かないかで、その人を判断するのもやめて欲しいです。

表現方法が違うだけ。


中には「泣かないと決めた」と言う人もいると思います。

それはそれでいいです。

その気持ちは私もよく分かります。

ただ、だからといって泣いてる人を批判する必要もないでしょう。

同じ痛みを持つ人にことさらに「泣くべきではない」などと、

決め付ける必要はないでしょう。

泣かない人を「偉いね」という風潮がありますが、

私は泣く泣かないでは人を判断できないと思っています。

泣いていても心の中では負けずに頑張っている人もいるのですから・・・。

泣く泣かないは、美徳の判断基準にはなりません。


泣いてもいいし、泣かなくてもいい。



悲しみが消える事はないでしょうが、

絶対に乗り越えられる日が必ず来ます!

負けないで下さい!!