少し前のブログで、本当は力があるのに、
周囲から「お前は駄目だ」と抑え込まれた虎や象の話をしました。
周囲の悪意の言葉に言いなりになり、
自分の可能性や実力より、周囲の悪意の言葉を信じた彼らは、
結局持てる力や可能性を発揮できなくなってしまうと。
本当は強いのに、自分たちは弱いとさえ信じ込んでしまうのです。
それほど周囲の悪意の目や言葉というのは強力です。
テレビで何回か視た事があるのですが、
また先日もテレビで紹介されていたスーパーモデルの話があります。
彼女はアフリカの発展途上国に生まれ、
そこでは女性は奴隷のようなもの、性の慰みもの、
子供を産む道具としてしか扱われません。
もちろん男性に暴力をふるわれるのは普通の事。
彼女も結婚を父親が勝手に、家畜何頭かと引き換えに決められました。
その結婚自体が嫌だったことはもちろんですが、
彼女は女性がこの様に扱われる生活に対する疑問や怒り、
周りに抑え込まれないだけの強い何かが、
彼女自身の中にあったのでしょう。
彼女は逃げる事を決意します。
自分が逃げる事は死に等しい行為でした。
何日も砂漠地帯をさまよい、奇跡的に町にたどり着きます。
死ぬかもしれないけれど、それでも嫌だ!
彼女の心はそう叫んでいたのです。
また、彼女が逃げたという事で、
母親が父親にさらに殴られるのも身を切られる様に辛かったと。
でも、母親は「行きなさい!」と言ったそうです。
案の定、娘が逃げたことに怒り狂った父親は、
彼女の母親を半殺しの目に遭わせたそうです。
今巷では、どっかのお坊ちゃんが殴られたとか騒いでますが、
ふざけんなよ!と思っちゃいます。
うちの母なんか、殴られて腫れあがった顔で翌日仕事に行ってましたよ!
周りはよく飛び出す人間に、「周りに迷惑をかけて」と言いますが、
そんな歪んだ道徳観で相手をすくませ、縛りつけ、
身動きとれないようにするなんて、
まるで人質取った強盗みたいです。
じゃあ、自分たちがやっている、或いはやってきた事はどうなのよ?
と言いたくなりますね。
彼女は命からがら奇跡的に町にたどり着き、
様々な苦労の果てに、彼女の美貌と才能を見抜いたカメラマンと出逢い、
一流ファッション誌の表紙を飾ることになります。
その後、スーパーモデルとして成功をおさめ、
アフリカに残した母親とも喜びの再会を果たしました。
今は、アフリカでの女性の地位向上のために活動しているそうです。
彼女は自分が幸せになりたい!だけじゃなく、
母親を、今もなお虐げられているアフリカの女性を救いたい!
という想いが大きかったのです。
私は彼女の様な才能や可能性はもちろんありませんが、
人生観、男性の暴力や女性蔑視に関しては同じ想いがあります。
私が秋田から東京に出たのには、
いくつかの強い動機と想いがありました。
小さい頃から酒乱の父のためにさんざん苦労をして、
普通の子供がやらないような事もさせられてきました。
暴力的な父と母を二人きりにさせる不安はもの凄くありました。
実際、私が東京に行くと知った近所のあるおばさんは、
「東京なんかに行かないで、お母さんのそばについててあげなさい」
と言ってきました。
その人は我が家の実情を一番よく知っていて、
母の身を心配して言ってきてくれたのです。
でも私は、ここに私がいても何も良くならないし、何も変わらない。
それ以上に私は自分の人生を生きたい!と思いました。
私だって母のそばにいたい。
でも、自分の人生を生きない事が=母を愛してる事だというのなら、
それは絶対におかしいと思ったんです。
母は「行きなさい」と言ってくれました。
父ですか?・・・・・ご想像にお任せします(苦笑)。
そのくせ、私が某有名大学に入ったら、態度を一変させてました。
人の人生を大切に思うのはいいです。
でも人は、自分自身の人生を生きなければ!
もし彼女が女性が虐げられる価値観の世界に反発し、
「ノー!」と言わなかったら、
今頃彼女も夫に殴られ家畜の様に扱われる生活をしていたでしょう。
勇気を出して命懸けの一歩を踏み出さなかったら、
自分が美しいということさえ知らずに、生きていたでしょう。
可能性を花開かせる事もなく、一生を終えていたでしょう。
もちろん本当の恋や愛、人生など知ることもなく。
憎しみからは何も生まれないと言いますが、
耐えるだけでは何も変わらない!と私は思います。
「そんなの間違ってる!」という心の叫びを聞くのか、
自分たちに都合よくいさせるために、
「お前は駄目だ」「お前は無力だ」「お前は美しくない」
と吹き込む悪意の人間の言葉を信じるかで、
人生は180度変わってくるのです。
周りに思い込まされた自分の姿で何かを選んできたとしたら、
それは本当の自分の人生を生きたとは言えないのではないでしょうか。