生と死と愛 | ナックリンの部屋

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日々のちょっとした出来事や思ったことなどを、気ままに綴るブログです。

人は自分が生まれてくる夫婦を選んで生まれてくると、
以前どこかで聞いたことがあります。
それを初めて聞いた時、「あり得ない!」と思いました。
だって、あんな父の子供になんか生まれて来たくなかったからです。
いくら生まれて来る前で記憶がないにせよ、
自分が選んだなんてとても考えられませんでした。

でも、よく考えたら「選ぶ」と言うのは別にイコール「好き」
という意味ではないんですよね。
人は必ずしも「好きなもの」や「楽しい方」を選ぶ訳ではありません。
誰かを助けたいと思ったら、大変な道を選ぶ事もあるでしょう。
もしも私が両親のもとに生まれる事を選んだのだとしたら、
それは「母を助けるために、ここに生まれたい」と思ったからでしょうね。
私が母に対して普通の人より思い入れが強いのも、
そう考えるとちょっと納得がいきますけれど。
母が亡くなった時、自分は母の力になるために生まれてきたのだと、
少なくともそれが使命の一つだったと思えました。

こんな風に生まれて、色んな事を棒に振って、
実りの少ない人生の様に思える私の今世ですが、
今世には今世の宿命=テーマがありますから、
それを使命に変えてこなせば良いのだと思います。

一目見ただけで、訳もなく魂ごと惹かれてしまう様な人がいます。
きっとそういう人とは、前世でも何かあったのでしょう。
血の繋がらない他人なのに、家族よりも家族の様に思える人がいます。
きっと、前世では本当の家族だったのではないでしょうか。
ある人の眼差しを見て、懐かしくなるくらい
「この眼は知っている。前にも見たことがある!」
と感じた事があります。それは面識のない人にもあります。

人生には不思議なくらい助けてくれる人や、
不思議なくらい好きになってくれる人もいて、
色んな人と複雑に前世からの縁が繋がっているのだなと思います。
恋愛に限らず誰かを好きになったり、誰かから好きになられるのは、
生と死の問題と同じくらい不思議な事だと思いませんか?
相手が好きになってくれるとかじゃなくても、
その人の存在そのものが力になる事もありますよね。

私は生と死の問題を考える時、一緒に必ず愛の事も考えます。
それらを考えている時、
なぜかいつも高い空の上から見る荘厳な美しい山々が思い浮かびます。
ヒマラヤとかそういう感じの山々です。
誰か知り合いが亡くなると、
不思議と宇宙から地球を見ている様な気持になります。

とりとめのない内容ですね。
まだ熱があるからかもしれません。
ボン・ジョヴィのこの曲が何となく浮かんできました。
前にも歌詞のみの動画で紹介したと思いますが。
愛する事、愛される事への感謝の気持ちがストレートに歌われています。
これは短縮ヴァージョンなので、一部歌詞が抜けていますが。