下宿のおばさん | ナックリンの部屋

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日々のちょっとした出来事や思ったことなどを、気ままに綴るブログです。

私は大学受験で一浪しています。

浪人時代は、女性の浪人生だけ10人という下宿にいました。

朝食と夕食付きで、60歳近いおばさんがやっていました。

書道家としても有名な方だったようです。

息子さんのお嫁さんも手伝っていましたね。


朝食はもちろんですが、夕食も全部おばさんの手作り!

既製品は絶対出てこなくて、全て自分で作られるんです。

中々出来ない事ですよね。とても美味しかったですし。

この方は熱血というか、とても情熱的でした。

怠けてたりおしゃべりしたりしていると怒られましたし、

一方で私たちの事を身内のように親身になってもくれました。

私生活や生活態度、いろんな面で鬼教官鬼(白背景)のようでしたねムンクの叫び


何しろ女が10人揃っているわけですから、

誰かの部屋に集まっておしゃべり大会になったりもするわけです。

一度、それがおばさんにバレてしまい、

マンガみたいに全員廊下に並ばされて涙のお説教を受けた事も・・・。

おばさんが私たちの事を真剣に思ってくれているのは分かってるので、

誰もおばさんを嫌いになったりはしませんでした。

「おばさんを泣かせちゃったね・・・」と反省し、

翌日からはみんなで集会を自粛して勉強頑張りました。


そんな厳しい方でしたが、不思議と私を可愛がって下さいました。

ちょっとえこひいき過ぎるかなと思うくらい冷や汗

私は予備校の授業には出ていませんでした。

夏からは週一回の模擬テストだけ受けに行ってましたが。

他のみんなはちゃんと毎日、予備校の授業にも通ってましたね。

そんなわけで誰も下宿にいない時などは、

「何時までヴァイオリンの練習しなさい」と言って下さるんです。

嬉しいんですが、おばさんがしっかり聴いてるので、

まるで先生の前で弾くように気が抜けなかったですね。


TVはもちろん楽器も禁止だったはずなんですが爆

そこはおばさんの強権発動!!笑で、決められた時間でしたが、

私は特別に毎日ヴァイオリンの練習が許されていました。

普通の大学の受験生の下宿にもかかわらずです。


あとはよく有名なお店の美味しいお弁当やケーキ、

天丼、うな丼、かつ丼などを差し入れて下さいました。

「あなたにだけだから、声は出さないでね!他の人には内緒よ!

お礼は絶対言わないで!合図したらドアはちょっとだけ開けて!」

と最初の時に言われて、合図のノックまで決められました。

以来、おばさんにノックされて部屋のドアを開けると、

差し入れが入った袋を持ったおばさんの腕だけがニューッと入ってきて、

物凄いスピードでドアを閉めて去って行くんですダッシュ


お孫さん達も、よく私の部屋で遊んでいました。

幼稚園前の男の子と2歳くらいの女の子がいて、

どっちが私と遊ぶかで、つかみ合いの喧嘩してましたね(笑)。

よく肩車や相撲をしてあげました。可愛かったな~ラブラブ

この子たちの思い出もいつか書きたいと思います音譜



私は習慣で毎日ランニングもしていたのですが、

ある時期からおばさんが「今日から私も一緒に走るわ!」と言って、

私についてくるようになったんですね苦笑ちょっと困りました冷や汗

もちろんついてこれないのですが、「私は気にせず走って!」と。

でも、とても気になりますよね(笑)。スピードを落として後ろを振り返ると、

必死の形相で脚がもつれながらもついてくるんですからおののく凄い根性でした。


今考えると、きっとおばさんは私が一番心配だったのかも。

何しろ予備校には行かないわ、勉強にも集中できてないみたいだし。

日曜日にいつもある所に出かけていたのですが、

それをおばさんに咎められたことがありました。

予備校に行かない事に関しては何も言われなかったのですが、

この事には厳しいチェックが入ったんです。

事情を話すと、「夏までなのね?」と言って許してくれました。

ランニング同様、ついてきそうな勢いでしたけど・・・(笑)。


当時、私にはちょっとショックな事があった上に、

さらに夏には大好きな人が東京を離れてしまうという事で、

かなり落ち込んでいました。正直、勉強は手に付きませんでしたね。

今思うと本当に情けないなと思うんですが、18歳の私にとっては一大事でした。

そんな私の子供っぽい悩みにも一緒に付き合ってくれました。

それはいいのですが、「あなたの大好きな方からお手紙よー!」爆

とかいうのはちょっと勘弁して欲しかったです笑冷や汗


でも、ボロボロになりながらランニングにまでついてくるおばさんや、

可愛がって下さるヴァイオリンの先生の姿に、

このままではいけないなと強く思いました反省

二人とも言葉では何も言いませんでしたが、

私の事を思ってくれているのが痛いほど分かりましたから(笑)。

まだ若かったので、感情をコントロールするのはとても難しかったのですが、

絶対この人たちに喜んでもらうんだ!という思いがこみ上げてきて、

気持ちを切り替えることが出来たと思います。

何より、自分の人生はこれからなんだ!と思いましたし。


夏以降は、人が変わったように勉強にも打ち込みました勉強

今振り返っても、我ながら物凄い集中力でしたねチョキ

結局、ちゃんと勉強したのは半年間。

最初からちゃんとやっていれば、第一志望もいけてたかもしれませんイヒヒ

模擬テストではいけそうだったし、ちょっと残念でしたが仕方ないです。

自分が不甲斐なかったから当然の結果でしょう。

結局、第一志望以外は全て合格し、その中から母校になる大学に入学しました。


おばさん、泣いて喜んでくれました!!泣く

お礼の挨拶で下宿を訪れた両親に、

「この子は夏から(それは言わないで苦笑!)、本当によく頑張りましたよ。

いろいろ辛い事もあったようですが(それも言わないで!ムンクの叫び)、

乗り越えて頑張りました。

私としましても、とても誇りに思います!」

と言ってくれました。


なかなかここまで思ってくれる人はいません。有り難い事です。

ヴァイオリンの先生同様、私の人生での大きな出会いの一つでした。

とてもいい思い出です。今でも時々、この二人の視線を感じるというか、

「しっかりしなさい!」と言われているような気持ちになります。


ふと浪人時代の事を思い出したので、書いてみました。