それでもなお・・・ | ナックリンの部屋

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日々のちょっとした出来事や思ったことなどを、気ままに綴るブログです。

今更ですが、スーザン・ボイルがオーデション番組で歌った

「夢やぶれて」は良かったですね。

曲自体もメロディ、歌詞の内容共に素晴らしいですし。

その後のゴタゴタは別としても、あのシーンはやはり感動的です。

歌や音楽がどれほど人に感動を与えるかを再確認させられました。

また、実際に行動を起こす事がどれだけ大切かという事も教えてくれます。


徒に年齢や外見の美醜にこだわって引っこんでいたら、負け犬のまま。

数年前に私が40歳を過ぎて文章やカメラを再開した時に、

周囲や知人の多くが、このオーデションの観衆と同じように嘲笑と冷笑、

皮肉や嫌みで応えました。まあ、当然の反応だと思います。

中には、誰もその人に仕事下さいと言っているわけでもないのに、

「仕事なんかやれないからな!」オーラ全開の人もいましたね爆

私はマスコミに戻りたい訳じゃないんです。

それとは違う写真が撮りたいですから。


「おばさんは大人しくしてろよ」

「今更やってどうすんの?」

「院長夫人は金と暇があっていいよな。どうせ遊びだろ?」

「ご主人のお仕事手伝ってればいいじゃない」

「どうせ趣味でしょ?」

「そんなことやってないで、子供産んだら?」

「ま、せいぜい頑張って」

「カメラは趣味として楽しんで下さい」


私の人生の、生活の、心の中の思いの何を彼らは知っているのでしょうか?

余裕があったからやろうと思ったわけではありません。

主人と二人で必死で働きながら、

当初は、自分の病気や両親の遠距離介護を抱えながらの挑戦でした。

きっかけはガンボとの出会い。詳しくは省略イヒヒ


マスコミという立場でもなく、写真家として名があるわけでもなく、

どのように活動していいのか試行錯誤しながら、ひたすら撮り続けてきました。

当然の事ながら、悔しい想いもたくさんしました。

たま~に落ち込んでるといつも主人に、

「お前、そんな事くらいで、へこんでるのか!?怒り そんなんだったら、

何もやり遂げる事なんて出来ないぞ!!このボケ!」とののしられます。



そして1年前、私の撮った写真がやっと某新聞に掲載された時、

私がカメラを再開するきっかけになったガンボも一緒に喜んでくれました。

写真はその時の記念写真ですニコニコ

ちなみにガンボは私の祖母の生まれ変わりだと勝手に思っていますイヒヒ


1年がたった今、彼は十両に昇進し、

おかげさまで私も、いろいろと活動の場を広げています。


ナックリンの部屋-1年前


2年前、九州の小さな田舎町で、ジムでの撮影の帰り道、

黙って私の重いカメラバッグを自分の自転車のかごにのっけてくれ、

二人で歩いた寒い夜を懐かしく思い出します。

「寒くないですか?」「寒くないよ、秋田生まれだもん」

「いや~、絶対寒いと思うな!」「寒くない!」

とつまらない事を言い合いながら歩きました。

モンゴルから来たまだ無名の青年と、無名のオバちゃんが

二人並んで歩く姿はどこか滑稽ですねニコニコ


部屋の関係者でさえ

「また来たの?」とか「おっかけのおばさんか」などという中、

ガンボだけは「わざわざ九州まで来てくれてありがとうございます」

と言ってくれました。嬉しかったです。

清丸さんはご存知ですが、実はこの時私の体調はまだ万全ではなく、

果たして飛行機に乗れるのかという状態だったんです。

ガンボには確かにまだ人間的に若い面があるでしょう。

でも、一方で彼には、他の人たちが持っていない良い面もあるんです。

詳しくは書きませんが、数え切れないほどの思い出が彼とはあります。

もちろん、コノヤロー!と思う時もお互いにありますよ。

喧嘩したこともありますし、これからもするでしょうねイヒヒ

彼はやんちゃだし、若さゆえに慢心することもあります。

でも、私もやんちゃだし、時には自分を見失う事もありますから。


彼はこれからまだ上を目指す身。

私も負けずに、さらに精進していきたいと思います。

ガンボにだけは負けたくないな~笑


スーザンのように、どんな事でも勝負をする人は本当に美しい!!

笑われても馬鹿にされても、

自分の持てる力を出し尽くそうとする人は本当にカッコいいグッド!

打って出れば傷つく事も多いけれども、

それよりも喜びの方が大きいと思います。

私には彼女のような才能はもちろんありませんが、

持っている力だけは出し切りたいと思いますキラキラ

時間がかかろうと、絶対に形にしますよガンバル!


音楽に限らずスポーツも人を感動させます。

スポーツ記者やスポーツライターをしていた私にとって、

スポーツは特別なものでした。

ただ、プロのスポーツ選手の裏の姿を知り過ぎてしまって、

或いは鼻持ちならない高慢さや残念な姿を知っているから、

どんなに凄い選手であっても単純にリスペクトすることはありません。

昔は不本意ながら提灯記事も書きました。

知らない方が良かったなと思う事も多々あります。

一時はスポーツやマスコミが大嫌いになりました。


それでも尚、スポーツは私の心を捉えて放しません。

人生の節目節目で、ヴァイオリン同様、私の人生を支え、変えてくれました。

魂を揺さぶるような何かが見え隠れしていて、

私はそれを必死で追いかけてます。

言葉でも写真でもまだそれを私は表現出来ていません。

それを死ぬまでに表現出来たらいいなと心底思います。

それが写真で出来るか、文章で出来るか・・・。私のテーマです。