「えっ? しいたけぇ???」 ...思わず声を上げてしまいました。


那智勝浦、時々熊野を散歩 “シイタケ”は、スーパーとシイタケ栽培農家にしかないのかと思ってましたが、こんなところに居やがりました。写真、見てください。どことなく妖しく光って、結構、立派なやつですよ。


倒木に重なるように二つ、そしてその横にやや小ぶりなやつが一つ、見事に傘を開いてました。聞くところによると“シイタケ菌”なるものは、山ならどこにでも飛んでるらしいですが。


それにしても無知とは恐ろしいものです。ヘタレも中年であることを忘れ、周りの冷たい視線をもろともせずにはしゃいでしまいました。ただ、ヘタレみたいな人も少なくないとは思うけれど...


もしそうだったら、周りに誰もいないことを確認して小さく2度ほど頷いてください。でも、それもちょっと気持ち悪いかな。


那智勝浦、時々熊野を散歩 ――申し遅れました。昨日、那智勝浦町の高津気というところにある『熊野列石(猪垣)』の道普請に行ってきました。観光協会からは局長を含む4名、更にガイドさん達等数名が参加しました。


写真の通り、所々で主に木が捲れ上がる形で山道が部分崩落してしまってます。ある所では大きめの石を置いて、ある所では写真のように丸太を並べるようにして、道を直していきます。


そんな中、ろくに戦力にならないヘタレは“春探し”でワクワクです。そしてガイドさんがシイタケを見つけ、協会の局長がもぎ取るのを少し待ってもらって写真におさめました。


ちなみにそのシイタケ、昨夜局長のお腹の中におさまった筈ですが、今朝も元気に出社してるところをみると、何か変なキノコではなく正真正銘の『シイタケ』だったようです。別に何も期待してないけど、何も起こらなかったです。ただ局長が急に“笑い上戸”に変身してたら、なんて不謹慎ですよね。


とまぁ、穏やかな一日になりましたが、そんな穏やかさの中にも、木が捲れ上がって倒れたり、また、倒木からシイタケが出たりと、静かながらも重厚な自然の営みには毎度ながらハッとさせられます。


那智勝浦、時々熊野を散歩 昨今の温暖化だのと言ったことと関連してか、異常気象のニュースを見聞きする度に陰鬱な気分にもなりますが、こういった小さな変化には、何か自然の茶目っ気すら感じられます。一方で人間は復旧作業に汗水をたらし、もう一方では思わぬ山の幸にワクワクして。


もちろん山奥に入らなくとも自然の茶目っ気はそこかしこで見られます。この季節、ツクシやスミレなんかは意外にその辺にありますし、少し郊外に行けばこの通りフキノトウが御茶目で可憐な姿を見せてくれます。


もうそろそろ三寒四温の季節です。ほんのちょっとだけ、気持ちのアンテナを自然に向けて見てはいかかでしょうか(ヘタレM)。

さむぅーい『味の素スタジアム』に行ってきました。とにかく“外”も“中”も寒い、寒い...ほろ苦い人生初のサッカー観戦となりました。


那智勝浦、時々熊野を散歩

今月5日(金)から7日(日)にかけて、東京出張に行ってきました。これは『熊野三山協議会』が主催のシンポジウムで、日本サッカーの始祖であり、熊野(那智勝浦町!)出身である中村覚之助さんのPRが主目的です。


覚之助さんは、明治35年に東京高等師範学校(現つくば大学)に日本初のサッカーチームを創設するなど、日本サッカーの創世記を支えた中心人物です。


実際、熊野にゆかりのある3本足のヤタガラスが日本代表のシンボルマークとなったのも、このことと無縁ではないと考えるのが自然というべきでしょう。


さて、ヘタレの役割は基本的には展示物のセッティングとパンフレットの配布です。


初日は東京は有楽町にある和歌山県のアンテナショップ『わかやま喜集館』にてショーウインドーの中に、サッカー関連のものの陳列作業を行いました。熊野三山(本宮町、新宮市、那智勝浦町)から数名ずつ集まり、喜集館の職員の方々と力を合わせ、作業はサクサクと進みました。


那智勝浦、時々熊野を散歩二日目はシンポジウムです。ヘタレは他の女性職員二人とシンポジウム入口近くのロビーでのパンフレット配布のお手伝いを行いました。


もちろん、ヘタレは前面には出ません。と言うか、ビジュアル面を考えると、こうせざるを得ません。軟弱中年が行き着くところです。


事実、『那智の火祭』の写真を見て「怖ぁ~い」と言った3歳ぐらいの男の子にヘタレが声をかけると、その子は、さらに「怖ぁ~い」を物を見る視線をこちらに投げかけながら、後ずさり...


ヘタレ中年の行き着く先と言えばそれまでですが、余計な事をしちゃいました。


夜は楽しみにしていたサッカー観戦です。もちろん我々独自に作ったノボリを持参しての熊野のPRが目的です。防寒対策もそれなりに行ってのもので、後は日本代表が中国代表を派手にやっつけるはずでしたが、皆さんご存じのとおり――。


那智勝浦、時々熊野を散歩 写真は試合開始前の観客席です。サポーターたちのパワーはすざまじく、声は試合終了まで途切れることはありませんでした。しかし、です。その声は終了とともにスタジアムが底揺れするほどの“ブーイング”に変わりました。


そして、ヘタレも日本代表に負けず劣らず落ちて行きました。実は出張二日前に寝冷えが原因で、風邪をひいてしまいました。5日(金)の夕方ぐらいまでは良かったんですが、その夜の皆さんとの食事会ぐらいから目が回り始めてました。


6日(土)の二日目も午後を過ぎると偏頭痛が再発。そして、屋根のない味の素スタジアムです。外からは風、更にピリッとしない日本代表、中からは偏頭痛と悪寒の攻撃がヘタレを容赦なく襲ってきます。


初日の夜はなんとか皆さんに最後までお付き合いできましたが、二日目の夜は皆さんに悪く思いながらも、サッカー終了後、ひと足早く帰らせてもらいました。


ヘタレは、東京に合計十数年暮らした経験があり、また、熊野地方の“同業者”がたくさん集まるということで、非常に楽しみにしてました。サッカーについても、紀伊半島の南端付近に住んでいる以上、なかなかお目にかかれるものではありません。そんな中での風邪。普段通りに振る舞うのが精一杯で、情けないことに、みなさんより早く帰ってしまいました。


今さらですが、健康維持は社会人として最低限度の義務です。別に油断したわけではありませんが、同行して頂いた方々にはご迷惑をお掛けしてしまいました。出張前は、楽しい東京出張をこのブログに打てることを確信してましたが、ヘタレ自身が潰れ、そして日本代表もズッコケて...。


思うように事は進まないですね。ただこれもまた生きるということでしょう。それに、雨の日もあれば風の日もあるのが人生。明日は明日の風が吹く、ではないですけど、今日は明日の風に願いを飛ばしながら終わりたいと思います(ヘタレM)。


すっきりとした晴天の下、1月30日(土)に漁協魚市場にて『第16回 まぐろ祭り』が開催されました。ヘタレの役割は本部での手伝いと写真撮影です。


那智勝浦、時々熊野を散歩 このまぐろ祭り、一頭造りの実演付きのまぐろの刺身(2,500人分)、マンボウ(350人分)、カブト焼き(54個)、中おち(1,000人分)、更にはまぐろ汁(2,300人分)を無料で振る舞いました。


まずは開演前、2,500人分のまぐろの刺身を職人さん達が捌いているところにお邪魔しました。“STUFF”ジャケットを羽織っているとはいえ、好き勝手はできません。


見事な手捌きでまぐろの刺身が出来上がっていく光景には神聖ささえ感じます。やはりここは職人さん達の真剣勝負の舞台です。ヘタレは圧倒されっぱなしでした。


那智勝浦、時々熊野を散歩 午前9時。いよいよまぐろ祭りのはじまりです。普段ここは水揚げされたまぐろが競りで所狭しと並べられるところですが、この日は打って変わって人だらけです。


写真右側では魚屋さんのまぐろ即売会が開かれ、真ん中から左側の列をなしているのは『中おち』を待つお客様の列です。更に、真ん中右の一番奥に通じる列は『カブト焼き』を待つお客様たちです。


ただ残念なのは列を守らずに割り込みをしようとする方が若干いらっしゃったことです。実際、ヘタレの目の前である叔母様が割り込みをしようとしました。


ヘタレは“勇気”を持ってその方を制止すると、一見笑ってるようですが、その視線には物言えぬ迫力を感じました。いきなりヘタレは意気消沈です...


那智勝浦、時々熊野を散歩 そしてメインイベント。まぐろの一頭造りです。この日はテレビも含め、マスコミの方が結構来てました。そして、その方々が一斉にその様子をカメラ、あるいはビデオカメラに収めていきます。この瞬間にもまた別の真剣勝負が繰り広げられます。


ヘタレも負けじと舞台の上にあがって写真を撮って来ました。あまり写ってませんが、その前には何千人もの人が注目する中、職人さんが50キロほどのメバチまぐろを豪快に造っていきます。包丁の大きさもケタ違いで、その迫力は一見の価値に値します。


昨年の1万2千人に比べ、若干減とはなりましたが、それでも9千人の方々がお見えになりました。もちろんヘタレにとって、初めての連続でした。


特に、これほどの大勢の方を“STUFF”という立場で見るのは初めてで、いつもながら右往左往してばかりでしたが、写真撮影班として比較的自由に表舞台と、その舞台裏を直に見させてもらえたのは幸運でした。


そこかしこで繰り広げられた静かな真剣勝負、ヘタレにとってもいっぱい刺激頂きました。祭り終了後は、けだるさを感じながらも、その真剣勝負の余韻に浸りながら、後片づけを行いました(ヘタレM)。