人間はショックを受けるとこうなるのかと、自分で自分を嘲笑う。ここ1週間で顔の生気は失われて、職場の人からはやつれたと心配までされてしまった。それくらい心の穴は酷く深かったのかと気づいて、また涙を流してしまう。
そんな寝付けない深夜2時に、パジャマから着替えて外に出ることにした。理由も行き先もないけど、なんとなくイヤホンを付け、スマホと鍵だけをポケットに入れて自室を飛び出した。
「もうすぐ夏やね…」
夏に近づいてぬるくなった夜風に、さらりと頬を撫でられる。風に誘われて口をついて出た言葉には、感情という感情は全く乗っかっていなかったけど。
そんな調子でダラダラ歩き、最寄りのコンビニを通り過ぎようとしたとき、見慣れな顔が酒缶片手に俯いていた。気のせいだ、他人の空似だと頭では思っていても、確かめずにはいられなかった。
「お姉さん、こんな夜中に何してるんですか?」
「ひゃっ!いや、別に何...も.....」
話しかけられた反射でこちらを向いた顔は、間違いなくひかるちゃんだった。泣いていたのか目は赤く、大きい目は驚きで更に見開かている。
「ほのちゃ...あ、ちが、人違いです...」
「2年間トップオタクやっとったやつをそれでかわせると思うなよ?…一体どうしたんひかるちゃん」
「えっ…と、ぅぐ、ぐすっ…ごめ、ごめん…ぐすっ」
「え、ど、どうしたんひかるちゃん!?泣かんといてぇ…」
泣き出してしまったひかるちゃんを駐車場の端によせ、とりあえず抱き寄せてしまった。私の胸に大人しく収まったひかるちゃんは、嗚咽混じりに涙を流して、そんな姿がきつく心を締め付ける。
ひたすら背中をさすり続け、落ち着いた様子を見て、ほっと安堵のため息をついた。
「ごめんほのちゃん、ありがとう」
「それで一体どうしたん?」
ひかるちゃんの口からぽつぽつと出た言葉は衝撃的なものだった。
家族の反対を押し切って上京したために絶縁されていて、身寄りはさくら坂しか無かった。元々事務所の寮に住んでいたが、1週間前に追い出されて今はネカフェで生活している、など…
酔いが回って頭がふわふわしているようで順序はぐちゃぐちゃだったが、それでも辛い思いをしたのには違いない。
おもむろに立ち上がったひかるちゃんの足取りはフラフラで、生活してるというネカフェに連れていくのにも道がわからない。私は意を決して自宅に連れていく決心をした。
「ひかるちゃん、酔っててわかんないかもやけど…私のおうちに連れて行ってもいい?」
「ほのちゃんのおうち?行く!」
「じゃ、私の肩に捕まっててね」
元推しを、お姫様抱っこした状態で帰宅することになった。体重は軽くて心配になるレベルだったし、大きい涙袋の下には濃いクマが出来ている。この1週間で1番大変だったのは、私なんかじゃなくてひかるちゃんだったんだろうと思い知らされた。
「ひかるちゃん、着いたで。靴脱がすな?」
「うーん…」
「お水飲まんくても平気?気持ち悪くない?」
「らぃじょおぶ…」
目はとろんとしており、頬も紅潮している。正直こんな推しの姿、見たことなくて心臓の音がどくどく鳴ってしまう。良くない考えが浮かびそうになり、急いでベッドに寝かせた。けど、気づいた時にはひかるちゃんの腕は首元に回っていた。
ちゅっ───
軽く響いたリップ音と、唇に触れる感触。さすがに24年間生きてきて"コレ"が何かわからないわけじゃない。でも…
「駄目や。私達、アイドルとオタクやで?間違いとか、おきたら…」
「元、でしょ。私、ほのちゃんとなら、まちがってもいいよ。ずっと大好きだったんだから…ほのちゃんは気づいてなかったけど」
思い当たる節はいくつかあった。恋人に求める理想とか、タイプとか、出会いのシチュエーションとか、今思うと全部当てはまる。
『姐さんのことでは?』と一時期噂にはなっていたが、私がそれはないと一蹴していたのに、まさか本当に私の事とは思わなかった。
「気づいた?ね、ずっとほのちゃんのこと好きだったの」
「…なんで?なんで私なんか」
「私、アイドルのセンスを家族にも、周りの人達からも否定されて諦めかけてたの。けど、ほのちゃんは違った。私を信じて、応援して、ついてきてくれた。そんなの、好きになるに決まってるじゃん」
2年前に出会ったことで、私がこの子の人生を変えてしまった。後悔や自責の感情よりも、不思議な気持ちが私の心を満たす。
好き、大好き、愛してる。頭の中で点滅している言葉たちは酷く甘くて、エゴの匂いがするけど、私はこの思いを止めることは出来そうになかった。
「ほんとに、いいの?」
「ん、いいよ。」
私は衝動に突き動かされるまま、またキスをする。そのまま2人でどろどろに溶けて、重なって、交わって。夜が目を覚ますまで、肌は熱を持ったままだった。
それからひかるちゃんは私のお部屋で居候として生活するようになった。朝起きると隣ですやすやと眠り、夜寝る時にはじゃれついてくる。この生活はあまりにも居心地が良くて、アイドルとオタクの関係性以上にこころが満たされる。
「ほのちゃん、今日はお仕事何時まで?」
「5時で終わりにするよ。だからそんな寂しそうな顔せんといて」
「ちゃんと待ってるからね、早く帰ってきてね」
きらきらひかる一番星が自分の手元に堕ちてきたら、私は大事に保管し眺めて、きっと私だけのものにしてしまう。それでも許してくれるなら、たとえこの身が滅びても貴方だけは守ってみせる。
私は彼女の頬を撫でながら、そんなことを考えた。