結婚した夫婦のその後です。
ボクっ娘ひかちゃんはまた書くかも...
「ただいまぁ〜」
「おかえりひいちゃん、今日もまたお疲れやなぁ」
結婚して1年ちょっと経ったけど、私たち夫婦は仲良く暮らしています。
ひいちゃ...ひかるさんは社会人になり、お父さんの会社で頑張って働いてるし、私もベビーシッターとして子供と関わるお仕事が出来てる。
「もうほんとに...人間ってめんどくさい...」
ひいちゃんはよたよた私に寄ってくると、ぎゅっと身体を抱きしめた。
「どしたん?またお客さんから何か言われた?」
「今日は同僚からね、コネ入社のボンボンって言われた...うちの父親はコネで子供入れるようなあまっちょろい人間じゃないのに...」
そう、この子は森田商事に挑んで、父や祖父の名を出さずに合格を勝ち取ったんだ。いやぁ、1ヶ月面接漬けの生活をしたかいがあったよ...
「言ってやればええのに、実力やでって」
「言っても聞かないもん、ああいう人達は...」
私を抱きしめたままのひいちゃんが、撫でてとばかりに頭をすりすり擦りつけてくる。すっかり甘えんぼになった旦那様はこうなると猫可愛がりされるまで意地でも離れない。
「よしよーし。お風呂湧いてるから入って癒されておいで。」
「僕の癒し成分は奥さんだけだからね、お風呂なんかに僕が癒せると...」
「それ毎日聞いとるよ〜。はよ行っといで。」
ぶつくさ言って、シャツのボタンを外しながらお風呂場に向かうひいちゃんが拗ねた子供みたいで、可愛くて笑ったらすっごいぷんすかされた。かわいい。
ご飯も洗い物も済ませ、ソファに身体を沈めていると、ひいちゃんが隣にぽすんと腰かけた。
ちらっと横を見てみると、手足をもじもじさせて俯いている。これは、何か言いたくて言えずにいるときに無意識にする"癖"
「ひいちゃん、おいで」
そう言うと頭を私の膝の上にこてんと乗っけて、お腹に顔をうずめる。さっき甘やかしてあげられなかったぶん、甘い言葉を囁きながら細い髪をすいていくと、満足そうな笑い声が聞こえてくる。
「満足ですか?お姫様」
「僕がお姫様なら、保乃ちゃんは王子様になってくれる?」
むくりと起き上がったひいちゃんの手が、私の肩にかけられる。夫婦になって一年以上経つし、そういう雰囲気になることも少なくない。
ひいちゃんからキスしてくれるの珍しいなとか考えながら、唇が合わさる直前、ひいちゃんの仕事用のスマホが大音量で鳴り響いた。
「...夫婦の大事な時間に水差しやがって。ごめんね保乃ちゃん、ちょっと待っててすぐ終わらす。」
イチャイチャを邪魔されて多分本気で怒ってるひいちゃんが、スマホを乱暴に掴むと廊下の方に歩いていった。
「はい、はい...え?いやそれって......分かりました......明後日から...はい...」
断片的に聞こえてくる声から、明後日から大事な仕事でも始まるのかな...くらいに思っていたけど、電話をうけるひいちゃんの顔を見ると、どうやらそれだけではなさそうだった。
「ひいちゃんが評価された結果なんやろ?ひいちゃんにしか務まらへん仕事なんやったら行くしかないやん」
「嫌ぁ...保乃ちゃんと5日も離れて暮らすとか、耐えられない...」
泣きそうな顔で電話を保乃に渡してきた時は、正直クビにでもなったんかと思ったけど、さっき決まった出張のお知らせだった。
『絶っ対森田嫌がるので、奥さんにも協力して欲しいんですよね。今回の森田のプレゼン、先方がいたく気にいっちゃって、部長が連れていきたいって言ってて...』
主任さんから聞いた話だと、ひいちゃんの仕事が評価されて、しかも取引先との新たな商談の席に呼ばれるなんて、嫁としても鼻が高い。
絶対行くべきだとは思うけど、ひいちゃんは一日でも離れるのを嫌がる。だからこそ、主任さんも私に協力してほしいんだろう。
「主任さんもまとまった休みくれるらしいし、終わったら旅行でもおうちでゆっくりでもいいから、一緒にいよう?」
「うぅ...一緒に温泉行ってくれる?」
「もちろん!」
「毎日寝るまで電話してくれる?」
「保乃で良ければいつでもするで」
「毎日自撮り送ってくれる?」
「ん?うん...欲しいん?」
「LINEは毎日10回以上して、ちゃんと好きって言ってくれる?」
「なんか付き合いたての彼女みたいなこと言うとるけど、約束する」
そこまでして、ようやっとひいちゃんは渋々首を縦に振った。
「じゃあ、行ってくるね...」
昨日はひいちゃんの心ゆくまで甘やかしたから、寝る直前までは元気だったけど起きた瞬間から鬱々とした顔をして、今も泣きそうな顔して出て行こうとしてる。
「ひいちゃん、おいで」
ひいちゃんの前でパッと手を広げてみせると、体に不似合いな大きさのキャリーケースを離して胸に飛び込んできた。
「今回のお仕事はひいちゃん期待されてるんやで。自信もって、お仕事頑張ってな。」
「うん、頑張る。」
触れるだけのキスをすると、いってきますと微笑んでキャリーケースを引っ張り、お仕事に向かっていった。
1日目
久しぶりに1人でのご飯は、少し寂しかった。
いつもダイニングテーブルの真正面に座っている旦那様もきっと寂しがってるなぁ...と思ったら、想像以上だった。
通話中寂しい帰りたいを連呼して、隣の部屋にいた部長さんから注意をうけるくらいには連呼していた。
2日目
前日よりは落ち着いたらしく、「〇〇に来てるよ!」と自撮りや土地の写真を送ってくれた。
私も自撮り送って!と言われてたのを思い出して、お仕事休憩中に1枚撮って送ると、「うちの奥さん可愛すぎる。優勝。」と帰ってきた。熱量がオタクすぎるわひいちゃん。
3日目
今日は大阪に行っているらしくて、「保乃ちゃんのご実家に顔出しだけでもしようかな...」と言っていたけど、何故かうちの父に気に入られているひいちゃんが行くと私より歓迎されそうだなと思いつつ、また今度一緒に行こうとやんわり止めておいた。
4日目
実家の方は雨模様とニュースで見て、心配しつつLINEを送ると、「傘忘れちゃって、ロ〇トに着くまで濡れちゃった...」と自撮りが送られてきた。
でも、スーツの下のシャツは濡れてなんならちょっと透けていたので、「身体は女の子なんやから...」と諭してしまった。
5日目
「今日は千葉に行ったら、お昼頃には東京帰るね〜」とLINEが来た。
おやすみだったからちょうどいい。ご飯作って待ってるねと返すと、猫が走り回って大興奮してるスタンプが送られてきた。
「ただいまぁー」
1時前に帰ってきたひいちゃんは、洗面所に向かったかと思うと、リビングに走ってきてぎゅーと抱きしめられた。
「寂しかった。保乃ちゃんにはやく会いたいって思いながら、ずっとお仕事してた。」
「保乃も会いたかったで。頑張ったなぁひいちゃん」
抱きしめ返すと、小さな声でお腹空いた...と聞こえてきた。
今日はひいちゃんの好きなご飯を用意してみたら、小さい口でもこもこ言いながら一生懸命食べてた。
「それで、3日目が1番大変で...その企業の方めちゃ厳しい人でさ...」
食べ終わった後、私の膝枕で横になりながら出張の思い出を話してくれていたけど、眠気が来たのか所々話が止まる。
「また夜に聞かせて。疲れたでしょ、ゆっくりおやすみしよ」
「うん......」
重そうだった瞼はもう完全にくっついて、柔らかい呼吸の音だけが聞こえてくる。
大きな涙袋の下にくっきりついてしまったクマを指で軽くなぞったら、くすぐったそうな声が漏れる。
よく頑張ったね、お疲れ様
そう言葉にする代わりに優しく撫でると、微睡みのなかにいるひいちゃんは微笑んだような気がした。