嘔吐中枢花被性疾患、通称花吐き病。
片思いを拗らせると花を口から吐き出すようになる病気。
「うっ…かは、けはっ、かひゅっ…」
私は唐突に、なんの前触れもなくこの病を発症した。
レッスン中に担ぎこまれた病院で、この病気は片思いを拗らせないと発症しないと言われた時、相手は一瞬で頭に浮かんだ。
「率直にお聞きしますが、意中の相手はいらっしゃいますか?」
「はい、います…同じグループの子で…」
付き添ってくれたマネージャーは一瞬驚いた顔をしたが、少しにやっとして先生と話し始めた。
「保乃でしょ、相手」
「へっ!?え、なん…いや、その!」
「ひかるわかりやすいな〜」
マネージャーから話を聞いたらしい天が、にやにやしながら話しかけてきたと思ったらこれだ。
「ていうか、なんで知ってるの?」
「あ、認めはするんだ。多分保乃以外全員知ってるよ」
そう、天が言う通り。私の意中の相手は、超がつくほど恋愛感情が鈍い。私のアプローチにてんで気づいてくれない。
「治療法は両思いになるしかないのに…」
目の先にはほわほわ笑う彼女がいた。心がキュンと締め付けられる瞬間、また口から花を吐いた。
「ひぃちゃん、帰ろ」
レッスン終わりに保乃ちゃんが声をかけてきた。大丈夫?と眉を下げる表情からは、「心配」って気持ちが伝わってくる。
「どうしたの保乃ちゃん?」
「…違かったらごめんな。ひぃちゃんの好きな人って、菅井さんやったりする?」
「ぅえ!?な、え、なんで!?」
2人で喋りながら歩いてると、唐突に聞かれて変な声が出た。今日のレッスン休憩中にも花が口から溢れ出したが、その時にちょうど見ていた方向には菅井さんと保乃ちゃんがいた。
「ほら、最近仲良いし。だから、そうなんかなって」
「…」
「保乃応援するで?相手は菅井さんやし、モテモテだからライバルは多そ…」
「…ちゃ、だよ…」
なんで、なんで気づかないの?
言葉にできない感情が涙になって溢れる。
「私が好きなのは保乃ちゃんだよ、鈍感!」
「えっ…え!?」
混乱する保乃ちゃんを横目に私は走り出した。直後、後ろからパンプスで走ってくる音が聞こえる。100mも走らないうちに追いつかれ、腕を引かれる。
「言っといて、逃げんでよ!」
「うぅ…だって、だってぇ!」
子供みたいにぐずり始める私世界一ダサい。そんな私を、保乃ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれる。
好き、大好き。そう思うと心が締め付けられる。
「けふっ、ごほ、かふっ」
「ひ、ひぃちゃん!?」
保乃ちゃんの胸元に色鮮やかな花びらが舞い散る。それは言葉を持たずに「あなたに片思いしています」を伝えているようなもの。
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
「もうやだぁ…」
「ふふ、可愛いなぁひぃちゃん」
保乃ちゃんはおもむろに胸元の花びらをひとつ摘むと、ぱくりと口に含んだ。私の花が、保乃ちゃんの喉を通っていくのが見えて、またドキドキする。
「ひぃちゃん、私が花びら食べた意味わかる?」
「え?わかんない…なに?」
唇と柔らかいものが触れる。保乃ちゃん今、キスした?頭が混乱して整理ができない。
「花びらは片思いの象徴。それを食べるってことは、"私は貴方の片思いを受け入れます"ってこと、やで」
「えと…つまり?」
「…ひぃちゃんも大概鈍感やなぁ」
あ、またキスされた。というか、保乃ちゃん顔真っ赤…
「好きやで、ひぃちゃん」
「なっ、え、え゛っ!?保乃ちゃんが…わたしを!?」
「そう。保乃は森田ひかるさんが好きです。」
「嘘…」
「嘘ちゃうで。ほんまに、ほんまに大好き。」
両思いだ、なんて浮かれた瞬間、また口から花を吐き出してしまった。でも、これは
「なんだろうこれ、灰色の…百合?」
「わかんない…けど綺麗やね」
2人目を合わせて、笑い合う。
これは幸せな両思い。