「保乃様、今日もお綺麗ですね」
「また美人になられましたな?ぜひ私の息子など…」
愛想笑いを浮かべながら、心は酷く冷えきっていた。私は大阪で有名な資産家の娘で、あまり人前に顔を出さない兄の代わりに、父と同席するパーティ等はこうして私が出向いている。
こんなことばかりしてると、大人の汚い所ばかり見えてくるし、嫌でも対処術を覚えてしまう。そんなこの時間が嫌で、時が経つのをひたすらに願うだけだった。
「保乃、これからお父さん仕事戻るけど、気をつけて帰るんやで」
「車だから大丈夫!お父さんも気をつけてな?」
車が家に向かって発進した直後、お父さんからLINEが来た。
『家に帰ったら、また何かあるかも』
私はまたか…と軽くため息をついた。
うちの兄は度が過ぎたいい人と言うか、捨てられてる動物を見ると拾ってきてしまう。そして、その報告はだいたい事前に入れてはくれず、自分で様々な手配をしたあと報告してくるから、家に帰ると普通にびっくりする。
しかし、その兄が事前に報告してきたらしい。今度は人間でも拾ったか…と心の中で冗談を呟き、嘲笑った。
「保乃、この子どうしよう」
「はっ…ま、まじで!?まじで人間拾ってきたん!?」
残念ながら車内で冗談だと片付けたものは現実になってしまった。
身長は120センチにも満たなそうな小柄で、さらさらの黒髪から覗く目は、大きくぱちりとしているその子は、福岡から連れてきたらしい。
「な、なんで福岡から連れてきちゃったん?」
「この子家も親も無いらしくて、路地裏で残飯とか食べて生活してたんやって。それで何か出来ることないかなって…」
「えっと、勝手に連れてきちゃって良かったん?」
「一応児童養護施設の管轄になってたらしいから、養子縁組組んできた。だから俺の娘になる。」
兄はいつも突飛で驚かされるが、九州から帰ってきたと思ったら急に父になっていた。もう意味がわからん。
足元の小さい子の前にしゃがむと、その子はびくりと肩を揺らした。
「怖がらんでええよ。君には絶対痛いこととかせんから。」
「…ん」
「お名前は?」
「…ひかる」
「歳は?」
「…10さい」
ぽそぽそと泣きそうな声で喋る少女は、少しの物音でもびくついてしまうほど、気を張っているようだった。そんな彼女をどうにかしたいと思った兄の気持ちが痛いほど分かる。
私は彼女…ひかるの前に手のひらを差し出すと、ここに手を置いてとお願いした。おずおずと両手を手のひらの上に乗せてくれた。私はその手を優しく包み込んで、ゆっくり優しく喋りかける。
「ひかる。今日からここはひかるのおうち、ここにいる人達はひかるの家族や。もう何も怖がることはなんもない。」
「うん…」
「だからな、ひかる。もう大丈夫やで。今までよう頑張ってきたな」
「うっ…ひぐっ、っえぅ…」
おいで、と手を伸ばすと、私の胸の中で泣き始めた。まだ10歳の小さい身体に色々な厄が降りかかっても、この子は独りで耐えてきた。その事を考えると、この子を守ってやりたいと考えるのは普通なことのような気がする。
父が帰ってきた後、私たち兄妹で頭を下げた。父は一瞬迷った声を出したが、ひかるをちらりと見ると頭を撫でた。
兄が自分の責任でやったことである為咎めはしない、ひかるの世話はハウスキーパーに見てもらうと言うことで処遇は決まった。母はというと、孫が出来たと何故かはしゃいでいた。
半年も経つと、家の中を走り回るくらいのおてんばに育っていた。ハウスキーパーにイタズラしてみたり、母を驚かせてみたり、ある意味子供らしいことをするのようになった。
ちなみに私にはというと
「保乃ちゃんやだぁ…捨てないでぇ…」
「捨てへんわ人聞きの悪い!保乃高校行くだけなんやけど!」
「やぁぁだぁぁ!ね、ひかるも、ひかるも一緒に行く!」
「ひかる、帰ってきたらいっぱい遊んだるから…な?」
学校に行く時は毎朝この調子である。後ろ髪を引かれるような気持ちではあるが、さすがに朝から元気すぎる。
以前高校の友達の夏鈴ちゃんと天ちゃんを連れてきた時、嫉妬心をバリバリに燃やしてしまい、『長い時間一緒に居ると取られちゃう』と思ったらしく離してくれなくなった。
そんな所も可愛いなんて思ってしまう私はちょっと親バカかもしれないけど。
離れて寂しいのは本当は私もで。休み時間にはついついひかるの写真を眺めてしまう。
「保乃、にやけてんで」
「またひかるの写真見てたんやろ?」
どうやら顔ににやけが出ていたらしく、また天ちゃんと夏鈴ちゃんに呆れられてしまった。
「ただい…ぐへぇ」
放課後帰宅するなり、小さな塊がお腹めがけて突進してくる。ひかるは小さな腕をめいいっぱい広げて抱きしめてくれた。全力で走ってきたからか、額に前髪が張り付いていた。
「保乃ちゃん、おかえり!」
「ただいまひかる〜」
ひかるは抱き上げると、きゃあと喜んだ。私は、この小さい存在をずっと守り続けていきたいと思った。
君が綺麗なお姉さんになるその日まで。