※暴力表現があります
午後の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り、ざわざわと騒がしかった雰囲気もピタッと静かになる。そして体育の先生は開口一番今日からバレーボールをやるとか言い出した。
「…え?バレーボール?」
「ひかるちゃんが苦手な球技やな〜?残念。」
そう、天の言う通り。あまり運動が得意と言えない私の一番の苦手分野が、球技。1年生の時はのらりくらり避けていたが、今年は天や田村の目があるから、ちゃんとやるしかなさそうだ。
「ひかる、腕そのままで脚使ってボールを上げる感じ」
「え、こう?…ボール全然違う方行くんだけど」
「ひかるって中々にセンスないな。ウケる」
「面白がってないでちゃんと教えてよ天…」
同じクラスでペアを組み、アンダーやオーバーの練習をしているが、残念ながら全くできる気がしない。
アンダーだとボールはあさっての方向に飛んでいくし、オーバーするとボールがおでこに当たって痛いし。本当に才能ないんだと嫌でも実感させられる。
私が苦戦していると、後ろから歓声が聞こえてきた。ぱっと振り向くと、みんな手を止めて1箇所に注目していた。
田村のアンダーやオーバーは綺麗に弧を描いてペアの手元に戻っていく。どんなに動いてもぴたりと軌道は外さない。そんな光景につい目を奪われる。
「バレーしてる保乃って、本当にかっこいいよな」
「うん。保乃ちゃん、凄いかっこいいし綺麗…」
「ひかるが珍しく保乃のこと褒めとる。もしかして本音?」
なんでこんな言葉が口をついて出たのか分からない。でも、嘘やお世辞などでは一切ない、純粋な感情っぽくて肯定するのは恥ずかしかった。だってこんなの、いつも口では文句を言ってるくせに、本当は田村に憧れてる部分があるって言ってるようなものだから。
「ひぃちゃん、さっき保乃のこと見てくれてたやろ」
「へっ?え、なんのこと?」
「とぼけんでもええよ。保乃、ちゃんと見えてたから」
パスが終わり水を飲んでいると、後ろから田村が話しかけてきた。
どんだけ目良いんだよ…という感想と共に、田村を見つめていたことが本人にバレた事実の羞恥が押し寄せてきてしまった。
「いや、あれはその!違くて!」
「誤魔化さんでええよ〜?ひぃちゃんが保乃のパス見ててくれたの、嬉しい」
「う、うぅ…」
抱きつかれながら、頭をポンポンされる。昔からこうされてしまうと、上手く言葉を紡げなくなる。元々上手く話せなかった私を慰める為にやってくれていたのだが、いつしか意味合いは逆のものに変わっていってしまった。
そんな田村の甘やかしも、体育の先生の集合合図で離れる。行こ!なんて言いながら田村は私の手を引いて体育館に向かう。
そんな光景を良しとしない人達が居るなんて、その時は考えもしなかった。
パスが終わり、先生が2クラス合同の混合チームを作った。私は残念なことに、田村や夏鈴、あろうことか同じクラスで唯一の友達である天とも離れてしまった。
「わぁ私森田さんと一緒だ!」
「よ、よろしくね森田さん!」
何故か皆、私と少し距離を離して話しかけてくる。こういう時、どうすればいいか分からないし、隣のグループの天もニヤニヤして助けてくれそうな雰囲気にない。
悩んだ私は、とりあえず微笑むと女子3人はきゃあきゃあと喜んでいた。
「森田さん」
私の後ろには、正統派美少女が立っていた。隣のクラスの子が話しかけてきてくれて、正直嬉しかった。その子は私と同じグループらしいが、何故か手を差し出してきた。
「握手しよ、森田さんも手出して」
「うん、よろし…っ!」
「森田さん、どうしたの?」
痛い、痛い。私より大きい手が全力で握りつぶしてくる。痛いのに、上手く声が出ない。やめて、って言いたいのに涙だけがぽろぽろ零れてくる。
「ごめん、森田さん!本物のリトル・プリンスだと思ったらつい力入っちゃった…」
手の力は緩められ、その子は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
正直、試合はボロボロだった。サーブでずっと狙われ続けるし、上手くボールを返せないと他の子の視線が痛かった。隣のクラスのあの子もずっと邪魔してきたりして、本当はちょっと泣きたかった。
でももう今日はこれで授業が終わる。早く放課後になれって心の中で呟き続け、先生が集合をかけたときに終わったって安堵した。
けど、集合する時にあの子が"森田さん体育終わったら残ってよ"と、ぼそっと呟いた。怖い、逃げたい…けど、私は真っ向から立ち向かう覚悟を決めた。
「ひぃちゃん、更衣室行こ?」
「わ、私水筒忘れちゃった!田村先行ってて、夏鈴と天も!」
「はーい。じゃあ着替えとるで?」
田村達を送って、体育館にぽつんと残される。背後から歩く音が聞こえて、見ると女の子4人がにやにやしながら歩いてきた。みんな私よりもずっと背丈が大きくて、力で敵う気がしない。そんな子達に腕を引かれて、体育館の備品室に連れていかれた。
「ねぇ、森田さんって田村さんとどうゆう関係?」
「えっと、幼なじみ…だけど…」
「それだけで田村さんに仲良くしてもらってるの?…正直羨ましいわ。学校のプリンセスがあんなに気回してるのに、あんたはそれに甘えてるだけ。ほんとにムカつく」
次の瞬間、横腹に衝撃が走った。思いっきり蹴られたらしく、私は体勢を崩して座りこんだ。またくすくす聞こえるし、膝頭をぐりぐりと踏みつけられる。痛いのに、怖いのに、嗚咽ばっかりで言葉がひとつも出てこない。
田村から借りたジャージはシャツごと剥ぎ取られ、上半身が晒される。さっきから脅しかけられているようなのに、もうひとつも耳に入らない。ずっと頭の中には助けてほしい人に縋っていた。
「たすけ、て…保乃ちゃんっ!」
近くにいるはずもない名前を出すと、女の子たちは笑いだした。
またあの綺麗な子が私の顔を掴む。腕をすっと上げたので、私はぎゅっと目をつぶった。
ガラガラガララッ
私の後ろ側にある扉が開く音がする。あぁ、誰とも知らない人に、こんな姿見られたくなかったなぁ…
「何してんねん?なぁ?」
「いやあの、これは、違くて!」
聞き慣れた声と抱きしめられた柔らかい感覚に、ゆっくりと目を開いた。私のことを庇うように抱えながら、顔は私をいじめてきた人達の方を向いてたけど、間違いなく保乃ちゃんだ。
安心感からなのか、耐えていた涙と嗚咽がボロボロと溢れて止まらない。そんな私の頭を肩口に置いて撫でながら、保乃ちゃんは女の子達に話を続けるようだった。
「…なんでこんなことせなあかんかったん?」
「だって、それは田村さんの為に!田村さんいっつもこの子の子守りさせられてるから、きっと迷わ…」
「は?保乃の為…?保乃の一番大切なものを傷つけといて何ぬかしとんねん」
いつもの保乃ちゃんの優しい声じゃない。低く冷たい、心底憎み軽蔑しているような声。顔は見えないけど、女の子達は明らかに狼狽えていた。
「あっれ〜?ひかる泣いてるやん。…んで、泣かしたん誰?」
「山﨑さん!?藤吉さんまで…なんでこいつの味方すんの?」
「なんでって、親友やから。んな訳で私今めちゃくちゃキレてるんやけど」
「天ステイ。もう中学ん時みたいにボコボコにしたらあかんよ」
出ていこうとした女の子達の前に立ちはだかってくれたのは、着替えに行ったはずの天と夏鈴だった。ふたりの睨みで動けなくなり、直後先生数人が慌てながら準備室まで走ってくるまで彼女たちが逃げることは出来なかった。
職員会議の結果、3人には停学が言い渡され、主犯の美少女は退学の判断が下った。その判断に少し田村は不服そうだったけど、私を膝の上に乗せ抱きしめると、少し正常な思考に戻ってきた。
「ひぃちゃん、保乃ちゃんと助けてって聞こえたよ。ずっと、ずっと助けるから頼って」
「ありがとう…保乃ちゃん、助けてくれて」
ひぃちゃん!と叫ぶと田村はまた強く抱きしめてくる。そんな姿に心が締め付けられる感覚を覚えた。でも私は薄々分かっていた。
これの正体は恋とか呼ばれるものなんじゃないかってことは。