【日向坂46】自分的ひらがなけやき~日向坂楽曲別世界観考察・その弐【欅坂46】 | 坂道の先にあったのは沼〜そらいろの推し事独白論〜

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まなふぃ(高瀬)が当初の2会場を除く全枠の個別握手会の完売達成しましたね、黒羊に続く快挙です。

完全完売ではないのですが、ここまでくる道のりを考えるとほんと本人も相当うれしいんじゃないでしょうか?

 

☞高瀬愛奈ブログ・19.05.23 〝ありがとうございます!〟

https://www.hinatazaka46.com/s/official/diary/detail/29204?ima=0000&cd=member

まぁ、まだ全完売は達成していないしゆくゆくは一次完売枠も目指すところですからその為の通過点に過ぎないわけですが、ここまで3年...本当によく頑張ったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

羅馬字欅(そらいろ欅)です

こんにちわ♪

 

 

 

 

 

 

さて引き続き昨日のひらがな~日向曲の考察をしていきたいと思います。

それまで〝ねるめみ〟をのダブルセンターを看板にしたがなちゃん曲で初の単独センターになった“僕たちは付き合っている”。

羅馬字的にはこの時点では運営さんもながる(長濱)のひらがな兼任体制を今しばらく続けて、将来的なながる中心のひらがなけやき独立という事もテストしたかったんじゃないかと考えています。

 

さて、次作が漢字ちゃん初のアルバム“真っ白なものは汚したくなる”に収録された“永遠の白線”と“沈黙した恋人よ”、この2曲はがなちゃん達にとってある意味エポックメイキングになる2作なんですよね。

初のながる以外のメンバーが単独センター(つまりながるがセンター落ちした初のメンバーとも言える)を務めた曲とがなちゃんだけの初のユニット曲という楽曲になります(他に同作に収められた猫の名前は漢字=がな合同ユニット)。

 

白線期ユニフォームは所謂ハーネス衣装の青バージョン、去年ザンビのアフターライブで小坂菜ちゃんがこれを着てめちゃくちゃ感動したという話もありました。

 

まず“永遠の白線”ですが、世界観としては“誰よりも高く跳べ”と同じものを持つ作品だと言えるでしょう。

学園ものという呈を取りつつ、本質はけやき坂46自体の事を歌ってるといえます。

歌詞のディティールこそ教室の一コマだったり、部活中の様子だったりしますが置き換えると当時の彼女達の置かれた立場の事を歌っていると捉えることが可能です。

自分達が何者なのかわからない、努力しても報われないというワードはそのものだと捉えられるでしょう。

そして“誰よりも高く跳べ”と同じく目指す未来は漠然としている所でおわります。

この当時のがなちゃん一期生を取り巻く状況は最悪で、3月から始まったZepp全国ツアーの東京公演は不本意な結果に終わり、続く欅坂1stアニラでの二期生募集サプライズでの自身の存在に疑問符が付いたゴタゴタ、更に中心メンバーのながるが漢字ちゃん達のスケジュールの過密化によってリハーサルに参加できない等々が続いていました。

世界観こそ違えど歌詞が当時の状況を歌っているという点では、“けやき坂46版不協和音”とも言えるべき作品でしょう。

恐らくこの曲で芽実たそが単独センターになったのもその部分が色濃くあり、ながるが参加できない状況を想定した部分が反映した結果だと思います。

もう少し踏み込めば、ここに至ってながるの漢字選任を運営さんが決断した結果とも捉えられると思います(後は発表のタイミングですが、とりあえず夏時期は合同でツアーを回っていたので、単独公演が多くなる秋口初めに発表)。

そういう意味ではここで事実上けやき坂46は欅坂46のアンダーでは無いという事が、決定づけられたともいえるでしょう。

 

 

 

ながる離脱後加えられた〝ねるポーズ〟さらに影ちゃん(影山)休養後はサッカーの蹴りポーズが加えられるほど一期生の思い入れが強い楽曲なんでしょうね。

 

曲の性格上思い思いの服、少し大人っぽい感じでまとめられていますが...きょんこの衣装だけちょっとかわいそうかなぁ...もう少し考えてあげても良かったかもしれませんね(笑)

 

さて“真っ白なものは汚したくなる”に収められたもう一つの楽曲“沈黙した恋人よ”は世界観からするとがなちゃん楽曲では非常に異質な存在で、恐らく欅坂46の他のユニット曲と同じくメンバーのユニットとして捉えられ特別けやき坂46の存在を意識していないとも言えます。

ここで描かれる世界観は風景描写や恋人たちの心情描写でその点においては後の同ユニットの“ハロウィンのかぼちゃが割れた”、二期生曲“半分の記憶”や最新の“沈黙が愛ならば”等々(“線香花火が消えるまで”)の源流となる存在ですが、これらの作品と違う点は時代性が描かれているという点でしょうか。

ここで出て来る〝中古のバイク〟、〝海沿いの国道〟、〝バイクに二人で乗て走る〟というワードですが完全に1980年代から90年代初頭を連想させる物になっています。

つまりノスタルジーな世界観を持った曲で、名曲とする人も多いのですがやはりどこか懐かしいという感じがするからではないでしょうか。

このユニットのメンバーとして選ばれたのが、なっちょ(潮)、としちゃん(加藤)、きょんこ(齊藤京)、くみてん(佐々久)、おたけ(高本)というのもメンバーで大人を感じさせる所からだと思います(まなふぃの方がおたけより生年月日は早いですが、イメージ的にはおたけの方が大人っぽい)。

 

 

18年クリライ時には季節性も加味して全体的に統一された感じの衣装になっていましたが...今度はなっちょの衣装がチコちゃんみたいな感じで(笑)。

 

この様にアルバム“真っ白なものは汚したくなる”に収められた2曲は、ある意味で転換点となった2作であり、精神的支柱ともいうべきながるの離脱が時間の問題となり(メンバーがわかっていたかは別として)新たなる方向へ舵を切った事(つまり単独デビュー)を暗示させる“永遠の白線”とけやき坂46の楽曲が自身の姿を投影した物だけでは無く幅広い楽曲を取り上げることができる事を証明した作品が〝沈黙した恋人よ〟ともいえると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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