40数年前のこの日
私は給食が終わった教室で、いつも残していた脱脂粉乳のミルクを この日はムリヤリ飲まされていました(>_<。)
イヤイヤながらチビリチビリと飲んでいると、
隣の男の子が机を足で揺らして
「地震だ~
」と邪魔してくるのです

そこで彼が「おたより帳」を書いているところへ机を揺らして
「地震だ~
」と 仕返ししてやりました淲
そうやって二人して代わりばんこに「地震だ~」と 地震ごっこをしていたその時‥
ガタガタ足元が揺れる。
「ちょっとぉ~、やめてよぉ~」
「え? 私何にもしてないよ」
「

」なんてやってるうちに目の前の黒板にくっついてる可動式の小黒板がバッタリ倒れてきました。
「


」「あ・・・ホントなんだ・・」
↑↑のんきなもんです

教師の指示で最初は校庭に全校児童が集められました。
でもすぐに 津波警報が出たという事で屋上に上がることになりました。
屋上から校庭を見ると、
さっきまで私たちが居たそのグラウンドの真ん中から泥水が噴き出してくるではありませんか

後になって思えば、校舎はその昔 信濃川を埋め立てた土地の上に建っていたのです。
どんな頑丈な鉄筋コンクリートの校舎も液状化には勝てません


一部は壁が崩れたり歪んだり‥使い物にならなくなり、全面建て替えとなりました。
屋上には逃げたものの、液状化の影響で 校舎そのものが危険と判断されたのか
私たちはすぐ近くの野球場へ、そこからまた隣の県庁の分館へ(今は市役所)と 泥でグチャグチャする道を上履きのまま避難しました。
(逃げる途中で靴を取りに戻ったりしたけど‥
)余震もある程度収まって、しばらくすると親が迎えに来た子供から順に帰って行きました。
最後 迎えがなかった子供達は何人かまとまって帰ることになったのですが・・
同じ方角の3人で帰った私はどの道を通って行くかで言い争いになって、一人別の道を帰ることになってしまったのデス
トホホ40数年経っても、子供ながらに経験したことって いつまでもハッキリと覚えているものです淸
そこっ
計算したりしない

