学校での生活も社会人になってからの生き方も
生きる意味に関して誰も考えないようにしてきたんじゃないかな。
子供の頃は生きることは生きること、楽しい事だったのに、
どうして年を重ねるごとにこんな様になるのでしょうか。
私は、今の社会を作った人間の中に責任を取れる人間はもういないと考えています。
責任を取れないけれど、責任ある行動で今を生きている経済力を持った人間はどれくらい居るのだろうと思います。
今一番お金を持っている世代は50代以上と聞きます。
いつ頃か変な感じになっている日本社会。
お金が無い時代ならお金にフォーカスが行っても良い。けれども、そこで何も考えないで、お金こそ最高と
考えが凝り固まってしまってる。
六道のお話に会う機会があって、考えがまとまり始めたんだよね。
人生は体験するためにある。どのような自分を体験するのか、それを選び、想像し、創り上げていく。
そのプロセスが人生。
って、思った。
今の会社にはいる前には、休みが不定期だったり、何時間残業したらいいかわからなかったし、
通勤2時間、でも、好きなことだったら、自分で選んだ事だったら問題がないんです。
創業者の方たちはそのバイタリティ溢れる、好奇心や達成したいこと、バシャール的にはワクワク感で
世界を作り出している。
私は、休みが不定期だったのが辛かった。お金が無いのが辛かった。どうして辛いのか、辛くない人は居るのだろうか。人生は辛いのだと言うけれど、なぜ、辛いのに人生が在るのだろう。
アルバイト、不定期派遣、フルタイム派遣、休み不定期シフト制正社員、んで、今の正社員。
でもね、これは 正しいと言われている道を歩んでいたんだ。
左から、右へ、世間的にはグレードアップ、転職の正解例みたいなね。
どうしてそうなったか。
アルバイト、これは不安だった。まとまったお金が欲しかった。
次の派遣は不定期?シフト制かしら。でもある程度、3ヶ月くらいでいろんなお店渡ってたな。
土日が主に出勤日みたいな。決まった時間に働いて行きたかった。なので変わった。
次はフルタイム派遣社員。 朝は9時から夜7時までだっけか。忘れてきちゃったけど。
土日は休みじゃなかった。休みが欲しかった。お金も欲しかった。このままでは、結婚もできないなぁって。(今は出来ない、って事の意味が変わってきていますけども。)
なので、次は正社員!
知合の社長さんの会社へ紹介してもらった。いわばコネ。そこで頑張って、30年でも働けばすばらしいみたいな事を言われて、辛いけど頑張れ、頑張れって言われていたなぁ。
でも、続けるのが苦痛で苦痛で。人生って何なんだろうって本格的に考え始めたのがこの時期。
そして、人に頼るのをやめた。どこかに正しさがあって、その通りに進んでいけば幸せになれる、幸せの確証を探し始めた時期。あと、求めることを明確にし、欲しい物を選んで行った時期。
いわゆる転職って形で、今の会社を選んだ。
その時の感覚、「受からないはずがない」というのは忘れられない不思議なものだった。
そして、正社員へ。 土日休みの夏冬ボーナス、労組があって、定時がある。残業代も入った当初は出ていたな。ここで、世間の言う正社員というスポットと地位に追いついた、と思った。
そこで得られた(まだ所属してるけど。)体験は今まで働いて来た所よりも「自分に合っていた」素晴らしかった。
「正しい」は 無い。
「私に合っていた」 これだ。
この世界の仕事には、差が無い。どれをやりたいか。それがすべて。
物質的に満たされた私は、このままこの会社で行きていくんだな、って漠然と思い、定年後の事を考え始めた。(と言っても入ってから5年経ってないけど。)
当初入った部署で定年まで行くのは問題なかった。というか会社が好きだった。
でも、部署が変わった。
人は、言う。我慢しろと。我慢ってなんだろう。自分らしく生きるなと言うことか。
皆頑張っているんだから。皆仲良く。
辛いというと、「私も」という。そうか、辛いのは俺だけじゃないのか・・・。
あれ・・・?なんだこれは。 辛いんだ、働くのは辛くて仕方ない。けど生きていくには
「仕方がない」
これは・・・、なんだろう。
ひとつ、注意しておきたいのは、職場環境が「合っている人」は、たいてい居る。そういう人は問題ない。むしろ頑張れと応援したい。そう云う人達が会社を引っ張っていっている。そう、仕事に差はない。嫌な仕事は嫌なだけ、やりたい仕事は好きなだけ。人それぞれ。
俺の場合は、合わない、このまま移動先の部署で 定年まで居たら 俺が俺で無くなる・・・・。
移動先の部署では、辛い思いをしていました。今も辛いですが。
だけれども視線を上げ、会社以外のものを自己をじっくりみるようになった。
俺って・・・何?
そのプロセスが人生。
って、思った。
今の会社にはいる前には、休みが不定期だったり、何時間残業したらいいかわからなかったし、
通勤2時間、でも、好きなことだったら、自分で選んだ事だったら問題がないんです。
創業者の方たちはそのバイタリティ溢れる、好奇心や達成したいこと、バシャール的にはワクワク感で
世界を作り出している。
私は、休みが不定期だったのが辛かった。お金が無いのが辛かった。どうして辛いのか、辛くない人は居るのだろうか。人生は辛いのだと言うけれど、なぜ、辛いのに人生が在るのだろう。
アルバイト、不定期派遣、フルタイム派遣、休み不定期シフト制正社員、んで、今の正社員。
でもね、これは 正しいと言われている道を歩んでいたんだ。
左から、右へ、世間的にはグレードアップ、転職の正解例みたいなね。
どうしてそうなったか。
アルバイト、これは不安だった。まとまったお金が欲しかった。
次の派遣は不定期?シフト制かしら。でもある程度、3ヶ月くらいでいろんなお店渡ってたな。
土日が主に出勤日みたいな。決まった時間に働いて行きたかった。なので変わった。
次はフルタイム派遣社員。 朝は9時から夜7時までだっけか。忘れてきちゃったけど。
土日は休みじゃなかった。休みが欲しかった。お金も欲しかった。このままでは、結婚もできないなぁって。(今は出来ない、って事の意味が変わってきていますけども。)
なので、次は正社員!
知合の社長さんの会社へ紹介してもらった。いわばコネ。そこで頑張って、30年でも働けばすばらしいみたいな事を言われて、辛いけど頑張れ、頑張れって言われていたなぁ。
でも、続けるのが苦痛で苦痛で。人生って何なんだろうって本格的に考え始めたのがこの時期。
そして、人に頼るのをやめた。どこかに正しさがあって、その通りに進んでいけば幸せになれる、幸せの確証を探し始めた時期。あと、求めることを明確にし、欲しい物を選んで行った時期。
いわゆる転職って形で、今の会社を選んだ。
その時の感覚、「受からないはずがない」というのは忘れられない不思議なものだった。
そして、正社員へ。 土日休みの夏冬ボーナス、労組があって、定時がある。残業代も入った当初は出ていたな。ここで、世間の言う正社員というスポットと地位に追いついた、と思った。
そこで得られた(まだ所属してるけど。)体験は今まで働いて来た所よりも「自分に合っていた」素晴らしかった。
「正しい」は 無い。
「私に合っていた」 これだ。
この世界の仕事には、差が無い。どれをやりたいか。それがすべて。
物質的に満たされた私は、このままこの会社で行きていくんだな、って漠然と思い、定年後の事を考え始めた。(と言っても入ってから5年経ってないけど。)
当初入った部署で定年まで行くのは問題なかった。というか会社が好きだった。
でも、部署が変わった。
人は、言う。我慢しろと。我慢ってなんだろう。自分らしく生きるなと言うことか。
皆頑張っているんだから。皆仲良く。
辛いというと、「私も」という。そうか、辛いのは俺だけじゃないのか・・・。
あれ・・・?なんだこれは。 辛いんだ、働くのは辛くて仕方ない。けど生きていくには
「仕方がない」
これは・・・、なんだろう。
ひとつ、注意しておきたいのは、職場環境が「合っている人」は、たいてい居る。そういう人は問題ない。むしろ頑張れと応援したい。そう云う人達が会社を引っ張っていっている。そう、仕事に差はない。嫌な仕事は嫌なだけ、やりたい仕事は好きなだけ。人それぞれ。
俺の場合は、合わない、このまま移動先の部署で 定年まで居たら 俺が俺で無くなる・・・・。
移動先の部署では、辛い思いをしていました。今も辛いですが。
だけれども視線を上げ、会社以外のものを自己をじっくりみるようになった。
俺って・・・何?
ちょっと過去の自分から、どのように心が変化してきたのかをまとめようと思って始めたブログ。
進んでいくごとに、初心から変容してってしまうから、一旦目的を確認。
遺伝子レベルで、人類はほとんど変わらない。 でも、ほんの少しだけ違う。傍目から見たら誤差ってレベル。
その誤差のレベルを拡大して細かく分類、深く掘り下げてしまうと、まったく違う者に見えてくる。
そのごく僅かな差異を敏感に察知してしまうのもまた、人類。
血液型が一緒なら、輸血出来るんだよね。
母親から生まれるし、自分の子供はかわいいし、
お腹がすいたら辛いし、楽しいことは楽しいし。
悲しいと感じるし、辛いとも感じる。
他人を馬鹿にする気持ちはいつから生まれたのだろう。
他者を貶める気持ちは、評価を下すようになったのはいつからなのだろう。
誰が誰を定義するのだろう。
貴方が生きるのが辛い、大変だと思わせたのは誰だろう。
良い学校を出て、一流企業へ就職す るのが良いと言われて育ったのは誰だろう。
そのように言い聞かせてきたのは誰だろう。
多分それは憧れ。
柵を作り、どこに行こうか。
進んでいくごとに、初心から変容してってしまうから、一旦目的を確認。
遺伝子レベルで、人類はほとんど変わらない。 でも、ほんの少しだけ違う。傍目から見たら誤差ってレベル。
その誤差のレベルを拡大して細かく分類、深く掘り下げてしまうと、まったく違う者に見えてくる。
そのごく僅かな差異を敏感に察知してしまうのもまた、人類。
血液型が一緒なら、輸血出来るんだよね。
母親から生まれるし、自分の子供はかわいいし、
お腹がすいたら辛いし、楽しいことは楽しいし。
悲しいと感じるし、辛いとも感じる。
他人を馬鹿にする気持ちはいつから生まれたのだろう。
他者を貶める気持ちは、評価を下すようになったのはいつからなのだろう。
誰が誰を定義するのだろう。
貴方が生きるのが辛い、大変だと思わせたのは誰だろう。
良い学校を出て、一流企業へ就職す るのが良いと言われて育ったのは誰だろう。
そのように言い聞かせてきたのは誰だろう。
多分それは憧れ。
柵を作り、どこに行こうか。