六道
天道
人間道
餓鬼道
地獄道
畜生道
修羅道
上記の六つ。
人間の心のありようを表しています。
心はこの六つを行ったり来たり。
人間道は、仏に成れる救いが在るといいます。
まずは人間道から外れ無いことが大事なのかしら。
そして、六道の閻魔さん=親たちの思想=社会の思想
社会の思想から、常識から離脱することも大事になってきます。
あなたの有り様を良く見て、そこに至る道程に、どれくらい他者の言葉の判断が入っていますか?
誰かが良いと言ったことを鵜呑みにして、そのまま判断をせずに行動していませんか。
ダイエットで流行った食事法は・・・・。
バナナ、納豆、朝のお湯、りんご・・・・などなど。
おそらく、どれも効果があります。
ですが、これを続けた人はいるのでしょうか。
続けなければダイエットは難しいでしょう。
もしくは、ダイエットしない自分が好きなのか、です。
人には現状を維持しようとする力が働きます。
今と同じような環境、レストランでは同じメニューを選ぶ。紅茶かコーヒーか。
今までの経験から判断してしまう。
まずは試す。そして、それの効果があるかきちんと決める。
自分で判断して、自分で決めることが大事です。
他人の判断、批評、評価は、参考程度に。
そうしないと、他人の支配に置かれてしまいます。
閻魔さまの言うとおりになるわけです。
飢える気持ち、争う気持ち、楽をしたい気持ち、罪の気持ち、苦しみ、他者へ迎合したくなる気持ち。
それらの気持ちとどう向き合って、どう制御していくのか。
六道を超えるのに必要なことと思います。
六道の詳細↓
六道 ウィキペディア
最近、六道のお話に関して出会う機会がありました。
それまでに、自己啓発を学んでいて、生きづらさの根幹を何とかしたいともがいていました。
六道は英語で言うと wheel of life
天道 天上界とも、天人が住まう。結構天国に近いけど、煩悩から解き放たれていない、寿命が長いけど死ぬ
人間道 人間の世界、今の我々、と言うことになっている。仏になれる
畜生道 動物たちの世界。殆ど本能で生きていて、使役されるがままの状態。
餓鬼道 餓鬼の世界。飢えと渇きに苦しむ。
地獄道 罪を償わせる世界(罪ってなんだろう・・・。)
修羅道 常に闘い続ける世界。天道と隣り合わせ。
の六つの世界の話です。
ネットで調べると若干、ニュアンスが違う表記を見受けられますが、
私が習ったお話で書きたいと思います。
死ぬと地獄とか他の世界が待っていて、私たちは人間界に居るのかな、って最初見たときは思いました。
ですが、「最初に死んだ人間 閻魔さん」が、支配している世界、輪廻転生の輪。繰り返し、繰り返し、この世界をいききする。これらの行き来する世界は、現実に「見える」世界では無いのだと思います。
六道は、私たちの心の世界。ウィキペディアには載っていませんが、他のサイトを見ると、六道の輪の外側に
お月さまを指差す仏さまが描かれています。これは月は悟りを意味し、輪から抜けだし、悟りへと解脱出来ることを
示唆しています。
もともと、死んでからじゃないと悟れないなんておかしな話。
今まで、釈迦と同等の悟りを開いた人達は皆無ってことになる。
それじゃなんのための悟りかわからないじゃないか。
さて、この六道を支配しているのは 「閻魔さん」 そして、閻魔さんは「最初に死んだ人間」
と、定義しておきます。
そうすると、私たちの心の中にある、「六道」その「支配者」=「最初の人間」
私の親の親もいます。その親もいます。その、親の 親の 親の・・・・。
最初の親、 閻魔さん?
逆に最初の人間の子供、その子供、子供・・・・と、今の私たちがあります。
親から伝えられる知恵があります。その知恵は知識として言葉で伝えられていきます。
言葉を覚え、言葉を駆使して生きています。
その時に親の影響、先に生きていた人達の影響をうけます。
判断を崩し、正しさを求め、正しさを作ることもせずに、先人の不条理も飲み込むしか無い。
少なくとも、親が言う、正しさの幾つかはそれに当たる。
社会的に作られた 正しい感。
それは総じて、「正しくない感」を生む。「間違っている感」を生む。図らずも罪の意識も生んでしまう。
それってとっても苦しい。
結婚の時期とか、カッコよさの基準とか、年収、生き方。新聞、雑誌、テレビ、勝ち組とか言ってますよね。
他人を評価、査定することが、さも素晴らしいかのような風潮。
子供のほめられると伸びるというのも、最近は疑っています。
褒められないと伸びないのは、本当にそれ、やりたい事なの?って思うからです。
やりたくないことをやらせるための方便とも取れます。
本当にやりたいことは、褒められようが、貶されようが、先に進んでいきます。
貶されるのが嫌なら、貶されないように、人に言わなくなる。
言わなくても進んでいける。
誰のため?私のため!自分自身が楽しいから、やりたいから!
それが、次の世界を作る原動力になる。
だから、仕事は、生きるためにしない。やりたいことを仕事にする。
やりたいことは人間誰しもがある。
でも、それを殺す人間が居る。一番身近は親、先生、親戚など。
やりたいという、気持ちを、「不安、心配」等と、相手を思っているかのような言葉でつぶしにかかる。
それも、善意だから手に負えない。
相手の事を思いやるというのが、間違った方向に働く方が多い。
なぜか?
親を育ててきた世代は苦労してきた世代だ。
その世代は子に苦労をさせないために、(自分が苦労してきたから)一生懸命働いた。
そして、その子供世代もがんばって働き、苦労をさせないという親世代の教えを
孫世代(私の世代)に忠実に反映させたのだろう。
過保護と言われる所以もそこにあるだろうか。
寒い時期に寒くない、暑い時期に暑くない。
それらの環境に適応しない身体をあえて作ることにも、苦労させたくないという 親心があるのだろうが、
可愛い子には旅をさせろ、という言葉も在るように、子供にとって一番の財産はお金を残してやることではなく、
あらゆる体験をさせてやることだと思っている。
孤食児童という言葉、食事を一人で取らせる体験をあえて子供にさせているのだろうか。
それよりも、家族は社会では得られない、「愛」の体現の場ではないだろうか。
会社に働き、夜遅く帰ってきて、それで子どもが幸せだと思えるのだろうか。
だから、私はその社会を否定する。
少子化のこの時代に、大量生産大量 「消費」 この、消費を出来る人間がどれだけ居るのだろうか。
年齢統計↓
年齢統計 ウィキペディア
私は20代後半。
団塊の世代とは100万人くらいの差がある。
米の消費が伸びないと言うが、60代の人達が、20代と同じだけ米が食えるだろうか。
20代が少ないのに、米離れ、というのはおかしいじゃないか。
今まで食べてきた人達が食べなった、それも含めて若者の米離れを言っているのだろうか。
少なくとも、これまでとは違う世界なのに、今までと同じように運営しようとするのはおかしい。
大人世代=「六道閻魔さん」=「過去の思考」
社会を縛る思想。
その思想を超えたところに 解脱がある。
と考えます。
六道 ウィキペディア
最近、六道のお話に関して出会う機会がありました。
それまでに、自己啓発を学んでいて、生きづらさの根幹を何とかしたいともがいていました。
六道は英語で言うと wheel of life
天道 天上界とも、天人が住まう。結構天国に近いけど、煩悩から解き放たれていない、寿命が長いけど死ぬ
人間道 人間の世界、今の我々、と言うことになっている。仏になれる
畜生道 動物たちの世界。殆ど本能で生きていて、使役されるがままの状態。
餓鬼道 餓鬼の世界。飢えと渇きに苦しむ。
地獄道 罪を償わせる世界(罪ってなんだろう・・・。)
修羅道 常に闘い続ける世界。天道と隣り合わせ。
の六つの世界の話です。
ネットで調べると若干、ニュアンスが違う表記を見受けられますが、
私が習ったお話で書きたいと思います。
死ぬと地獄とか他の世界が待っていて、私たちは人間界に居るのかな、って最初見たときは思いました。
ですが、「最初に死んだ人間 閻魔さん」が、支配している世界、輪廻転生の輪。繰り返し、繰り返し、この世界をいききする。これらの行き来する世界は、現実に「見える」世界では無いのだと思います。
六道は、私たちの心の世界。ウィキペディアには載っていませんが、他のサイトを見ると、六道の輪の外側に
お月さまを指差す仏さまが描かれています。これは月は悟りを意味し、輪から抜けだし、悟りへと解脱出来ることを
示唆しています。
もともと、死んでからじゃないと悟れないなんておかしな話。
今まで、釈迦と同等の悟りを開いた人達は皆無ってことになる。
それじゃなんのための悟りかわからないじゃないか。
さて、この六道を支配しているのは 「閻魔さん」 そして、閻魔さんは「最初に死んだ人間」
と、定義しておきます。
そうすると、私たちの心の中にある、「六道」その「支配者」=「最初の人間」
私の親の親もいます。その親もいます。その、親の 親の 親の・・・・。
最初の親、 閻魔さん?
逆に最初の人間の子供、その子供、子供・・・・と、今の私たちがあります。
親から伝えられる知恵があります。その知恵は知識として言葉で伝えられていきます。
言葉を覚え、言葉を駆使して生きています。
その時に親の影響、先に生きていた人達の影響をうけます。
判断を崩し、正しさを求め、正しさを作ることもせずに、先人の不条理も飲み込むしか無い。
少なくとも、親が言う、正しさの幾つかはそれに当たる。
社会的に作られた 正しい感。
それは総じて、「正しくない感」を生む。「間違っている感」を生む。図らずも罪の意識も生んでしまう。
それってとっても苦しい。
結婚の時期とか、カッコよさの基準とか、年収、生き方。新聞、雑誌、テレビ、勝ち組とか言ってますよね。
他人を評価、査定することが、さも素晴らしいかのような風潮。
子供のほめられると伸びるというのも、最近は疑っています。
褒められないと伸びないのは、本当にそれ、やりたい事なの?って思うからです。
やりたくないことをやらせるための方便とも取れます。
本当にやりたいことは、褒められようが、貶されようが、先に進んでいきます。
貶されるのが嫌なら、貶されないように、人に言わなくなる。
言わなくても進んでいける。
誰のため?私のため!自分自身が楽しいから、やりたいから!
それが、次の世界を作る原動力になる。
だから、仕事は、生きるためにしない。やりたいことを仕事にする。
やりたいことは人間誰しもがある。
でも、それを殺す人間が居る。一番身近は親、先生、親戚など。
やりたいという、気持ちを、「不安、心配」等と、相手を思っているかのような言葉でつぶしにかかる。
それも、善意だから手に負えない。
相手の事を思いやるというのが、間違った方向に働く方が多い。
なぜか?
親を育ててきた世代は苦労してきた世代だ。
その世代は子に苦労をさせないために、(自分が苦労してきたから)一生懸命働いた。
そして、その子供世代もがんばって働き、苦労をさせないという親世代の教えを
孫世代(私の世代)に忠実に反映させたのだろう。
過保護と言われる所以もそこにあるだろうか。
寒い時期に寒くない、暑い時期に暑くない。
それらの環境に適応しない身体をあえて作ることにも、苦労させたくないという 親心があるのだろうが、
可愛い子には旅をさせろ、という言葉も在るように、子供にとって一番の財産はお金を残してやることではなく、
あらゆる体験をさせてやることだと思っている。
孤食児童という言葉、食事を一人で取らせる体験をあえて子供にさせているのだろうか。
それよりも、家族は社会では得られない、「愛」の体現の場ではないだろうか。
会社に働き、夜遅く帰ってきて、それで子どもが幸せだと思えるのだろうか。
だから、私はその社会を否定する。
少子化のこの時代に、大量生産大量 「消費」 この、消費を出来る人間がどれだけ居るのだろうか。
年齢統計↓
年齢統計 ウィキペディア
私は20代後半。
団塊の世代とは100万人くらいの差がある。
米の消費が伸びないと言うが、60代の人達が、20代と同じだけ米が食えるだろうか。
20代が少ないのに、米離れ、というのはおかしいじゃないか。
今まで食べてきた人達が食べなった、それも含めて若者の米離れを言っているのだろうか。
少なくとも、これまでとは違う世界なのに、今までと同じように運営しようとするのはおかしい。
大人世代=「六道閻魔さん」=「過去の思考」
社会を縛る思想。
その思想を超えたところに 解脱がある。
と考えます。
生きていて、色々な知識を得て行きます。
その中で、社会として 良い 正しい 推奨される、やってはダメ、 などなど、判断を共通して持っているものがあります。
例えば、盗んではいけない、人を殺してはいけない。
社会通念として許せないものですね。
その他に、子供の頃から正しいとされること、行動を推奨されるもの、というのが あります。
正しいとされるものの中にも、漠然とした意図がわからなかったけれど、一先ず、親、年長者が言うからとしたがっていた事。
年長者の言うことは聞きなさい。まずはこれですね。疑う余地がないし、言うことを聞かないと不利益を得る。
(叩かれたり、食事が抜きだったり、閉じ込めたれたり)
無条件に言うことを聞くよう教育されていきました。
他に、正しいと言うと、社会的に具体的に最善とされること。
いい大学を出て、良い会社に就職する。夢を追って生きることはダメ。
失敗をしない、苦労をしない人生が良い人生。
正社員である事がベター。もっと行くと働かない=企業就職 していなければ人として失格。
今思えば、どこからの価値観だろうか。
就職とはサラリーマンだろうか。
良い会社とは、稼いでいる会社?
正社員であっても、心を病んで、何人が居なくなっているのか。
今の会社というのは、魂がない、形骸化したシステムに過ぎません。
ある意味、ここまでのシステムを創始者がなくても動くだなんてすごいことだと思います。
その可動する意志は、「正しさ」 会社ごとに正しさが設定され、それを守ることで運営されている。
正しきことは 正しいことじゃないか、今はそう思いません。
会社で正しいだなんて社会で正しいことの指針には 成り得無い。
人間の身勝手が集まったものが会社です。会社によって文化が違うじゃないですか。
家庭以上に力関係が極まり、生きる場所として機能していない。
働く場所なのだから、当たり前じゃないか、という人もいますが、私は 生きる事は働く事も含まれ、働く事が生きる事ではないと思っています。
でも、これは一方向からの見方。
会社が好きでイキイキと働いている人もいます。
それは自分の本当の欲求を理解している人だから良いのです。
問題は、そうじゃない人。なんとなく働いて、皆がそういうからそうしている人。
生きる為に働いている人。 生きづらさを感じている人。
正社員で、給料をもらい、土日も休みで、これ以上何を求めて居るのか!と怒られそうな感じですよね。
だから、それ以上は考えない。だって、皆が言う過不足内状態だから。
毎日残業して、会社へ行って、帰ってきて、あぁ、楽しかった!なんて毎日充実しているんだろう!明日が楽しみ!
早く会社行きたいな!
って人は問題ありません。でも、そういう人って、経営に近い所で関わっている人じゃないかな。
それ以外の人でそう思っている人は、本当に問題が無いと思います。
その精神状態であれば、明るい未来が待っています。
さて、 そうじゃない人はどうすればいいのだろう。
ちなみに、私はそうじゃない人です。
正社員として働いて、目標達成。5年前までは派遣社員未満でした。
今は、親も、親戚も、友達も安心な正社員。土日も休みで、一応ボーナスも出て、労組もきっちり、残業もあるけれど、まだ身体は壊れていない、通勤は2時間くらいですが。
それでいいんじゃない?って思う。
でも、今の仕事が嫌だから次、ってなると同じことを繰り返します。
では、どうすればいいのかな。
そんな時に出会ったのが六道のお話。
調べたら、無情大鬼っていうのね、私が習ったのは あの鬼は 閻魔さん。
最初に死んだ人間としての閻魔さん。
次は習いたての六道のお話を聞いて、閻魔さんと聞いて衝撃を受けた所をまとめたいです。
その中で、社会として 良い 正しい 推奨される、やってはダメ、 などなど、判断を共通して持っているものがあります。
例えば、盗んではいけない、人を殺してはいけない。
社会通念として許せないものですね。
その他に、子供の頃から正しいとされること、行動を推奨されるもの、というのが あります。
正しいとされるものの中にも、漠然とした意図がわからなかったけれど、一先ず、親、年長者が言うからとしたがっていた事。
年長者の言うことは聞きなさい。まずはこれですね。疑う余地がないし、言うことを聞かないと不利益を得る。
(叩かれたり、食事が抜きだったり、閉じ込めたれたり)
無条件に言うことを聞くよう教育されていきました。
他に、正しいと言うと、社会的に具体的に最善とされること。
いい大学を出て、良い会社に就職する。夢を追って生きることはダメ。
失敗をしない、苦労をしない人生が良い人生。
正社員である事がベター。もっと行くと働かない=企業就職 していなければ人として失格。
今思えば、どこからの価値観だろうか。
就職とはサラリーマンだろうか。
良い会社とは、稼いでいる会社?
正社員であっても、心を病んで、何人が居なくなっているのか。
今の会社というのは、魂がない、形骸化したシステムに過ぎません。
ある意味、ここまでのシステムを創始者がなくても動くだなんてすごいことだと思います。
その可動する意志は、「正しさ」 会社ごとに正しさが設定され、それを守ることで運営されている。
正しきことは 正しいことじゃないか、今はそう思いません。
会社で正しいだなんて社会で正しいことの指針には 成り得無い。
人間の身勝手が集まったものが会社です。会社によって文化が違うじゃないですか。
家庭以上に力関係が極まり、生きる場所として機能していない。
働く場所なのだから、当たり前じゃないか、という人もいますが、私は 生きる事は働く事も含まれ、働く事が生きる事ではないと思っています。
でも、これは一方向からの見方。
会社が好きでイキイキと働いている人もいます。
それは自分の本当の欲求を理解している人だから良いのです。
問題は、そうじゃない人。なんとなく働いて、皆がそういうからそうしている人。
生きる為に働いている人。 生きづらさを感じている人。
正社員で、給料をもらい、土日も休みで、これ以上何を求めて居るのか!と怒られそうな感じですよね。
だから、それ以上は考えない。だって、皆が言う過不足内状態だから。
毎日残業して、会社へ行って、帰ってきて、あぁ、楽しかった!なんて毎日充実しているんだろう!明日が楽しみ!
早く会社行きたいな!
って人は問題ありません。でも、そういう人って、経営に近い所で関わっている人じゃないかな。
それ以外の人でそう思っている人は、本当に問題が無いと思います。
その精神状態であれば、明るい未来が待っています。
さて、 そうじゃない人はどうすればいいのだろう。
ちなみに、私はそうじゃない人です。
正社員として働いて、目標達成。5年前までは派遣社員未満でした。
今は、親も、親戚も、友達も安心な正社員。土日も休みで、一応ボーナスも出て、労組もきっちり、残業もあるけれど、まだ身体は壊れていない、通勤は2時間くらいですが。
それでいいんじゃない?って思う。
でも、今の仕事が嫌だから次、ってなると同じことを繰り返します。
では、どうすればいいのかな。
そんな時に出会ったのが六道のお話。
調べたら、無情大鬼っていうのね、私が習ったのは あの鬼は 閻魔さん。
最初に死んだ人間としての閻魔さん。
次は習いたての六道のお話を聞いて、閻魔さんと聞いて衝撃を受けた所をまとめたいです。