娘の不登校をきっかけに
私の価値感を大きく見直す作業ができました
まずは自分を大切に
未来は自分で決められる
自分をケアしながら
毎日穏やかに
過ごしていきたい
ちょっとした息抜きとして
読んで頂けたら嬉しいです
ブログを訪問して頂き
ありがとうございます
2月から約5ヶ月間
量子力学講座を受講しました
学んだことを
自分に落とし込むために
記事にも書きたいと
思っていましたが
言葉を選んで
丁寧に書きたい
と思うと
まだ自分に落とし込めていない
気がして
なかなか文章にならないで
いました
習った順に
とか
正確に
とか
ちゃんしないと!
に縛られずに
これから時々
書いていこうと思います
苦痛の始まりは
講座の一環で
過去のマイナスの感情を解放する
MER
を受けました
その中で
苦痛を初めて感じた
場面が
自分でも意外でした
エピソードトークでも
挙げなかったですし
過去のトラウマ的な思い出
としても
ほとんど思い返すことが
なかったからです
母の胎内にいたわたしには
こんな声が
聞こえました
あなたのせいで
コーヒーが
飲めないじゃない
えっ
と思ったのですが
はっきり浮かんできました
母は以前は
コーヒーが大好きで
一日中何杯も飲んでいたけれど
妊娠中は
カフェインを気にしたり
つわりで全然飲めなくて
あ〜早く飲みたい
と思った
という話は
聞いたことがあったのですが
物心ついてから
母がコーヒー好き
という印象はなかったのです
家でも外食先でも
好んで飲んでいる姿も
それほど見ませんでした
一方で
わたしに薦めることも
一度もありませんでした
むしろ禁止されていました
自分が好きなものは
子どもにも教えたい
と思いそうですが
限度は大事だけど
コーヒーが飲める歳になっても
身体に良くない
まだ早い
と言われ
それに反抗することを
考えなかった
優等生のわたしは
コーヒーはなんだか
飲んではいけない
飲み物のような
気がしていました
意図的に禁止されたのかは
わかりません
意図的だったら
こわすぎる
それと
紅茶が好きなのは
別の理由なので
これとは関係ありません
おそらく
結婚してからだったと
思いますが
帰省した時か
外食先で
わたしがコーヒーを飲むと
えっ
コーヒー飲むようになったの?
とか
あなたはコーヒー
好きじゃないわよね?
と言われると
なんとも言えない違和感と
そうじゃないでしょう
飲ませてもらえなかった
でしょう
という思いで
ザワザワしました
「あなたのせいで」と「あなたのために」
あなたのせいで
と直接言われたことは
なかったけれど
あなたのために
・・・しなかった
は何回も聞きました
教育にかけたから
子育てに集中したから
は買わない
をしない
でもそこで
ああ、わたしのために
たくさん我慢してくれて
ありがとう
という気持ちには
なれなかったんですよね
わたしが冷たいのか
非情なのか
と思っていました
あなたのために…しないは
一見美しい
自己犠牲のようですが
裏に
あなたのせいで…できない
という他責の感情が
含まれていると
相手にとっては
苦痛でしかないのだ
と身をもって感じました
わたしは
母ができなかったこと
しなかったことを
しようとすると
なんだか後ろめたく
思う存分できない
ところがあったのですが
これが原点だったのかも
しれません
お母さんであっても
できる範囲で
好きなことをする
好きなものを
好きと感じて
伝える
行動に移す
そうしたら
子どもも自分の「好き!」
をのびのび発揮できるのかも
しれませんね