熊野詣記 続き〜
まずは①から読んでね
①大斎原 ←click
②熊野本宮大社 ←click
③花の窟神社 ←click
④産田神社 ←click
⑤熊野速玉大社 ←click
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⑥つ目の紹介です
先の 熊野速玉大社の摂社
神倉神社
どぉえ〜す
神武東征で剣を渡した人
謎にサルタヒコ も居る
とにかく。
じゃーん
ここは すごい階段神社
下調べはしてましたが、実際見ると
ここまで急勾配とは




そびえ立つ 階段
体力に自信の無い方は、さっさと諦めましょう、諦めも肝心
ここを登らなくても 貴方は幸せです
※ ぬーちゃん
車でお留守番
車でお留守番登る決意を表明したら、
迷わず この杖を使ってください
でわ!目指すは てっぺん
let's go
なんせ、不規則で急な階段
少し上って、
下見ると
途中、社もあります。
管理してる方、頭が下がります
登ってる間
ひたすら省エネモード、
話もできない
余裕ゼロ
いや、マイナス
喘息出てきましたから
もぅ、ひたすら、
しんどーーーい
ヒィーーー
やっと
着いたよ〜
眺めはいいけど
この岩が 御神体 の コトビキ岩
思ったより時間経過
そそくさと下山
降りは、途中から
階段じゃないほうが楽だと聞いたのですが
タカクラシタの 倉 をとって
神倉神社かな
なんかね、実際来てみて、
事前の下調べ情報が 納得できない
納得でけへん



あ〜、
マニアックな話をしたい〜
する! するで!
マニアックな話いくで〜
< ホツマツタヱ = 記紀の元書 >
今回はマニアックな
ホツマニアックな話〜


ホツマツタヱとは? ←click
日本書紀には、
神武天皇が "天磐盾(あまのいわたて) " へ登った! と書いてるらしい。しらんけど
その 天磐盾 が ここ 神倉神社の磐座だと言われてるそうな。
ここの地名は "磐盾"
そして
この 天磐盾 は 熊野神の降臨地 との言い伝えもあるようです。
すなわち、
ここが 熊野の本拠地、で、
熊野速玉大社は移動させて新たに作ったお宮だから 新宮 と云うとか。
だから ここが こここそが あの "熊野宮" だったんじゃないか?と、言われてるらしいです。
⬆︎
実際、ここへきてみると、
この説が納得できない
熊野宮がここだったって???
ほんまか???
ホツマツタヱ には
ホノアカリ(アマテラスの孫)御一行が船で、関東から紀伊半島をぐるっと航海し、大阪湾から船を乗り換え、川を使って奈良生駒 方面へ向かう話が出てきます(饒速日と間違われてる件)
〜はるかにかけり
みくまのの みやゐおがみて
なみはより かもにていたる
いかるかの みねよりとりの
しらにはに あまのいわふね〜
と、、、、、
紀州沖から、
"みくまののみや" = "熊野宮"
を拝みながら
航海してるのです
て、ことは
"熊野宮" は 熊野沖 から見える場所
位置がはっきりわかる場所
ですよね?
熊野本宮大社(大斎原) も 速玉大社 も、那智の滝ですら沖からは見えない。
じゃぁ、この3社(本宮、速玉、那智の3社を熊野三山と云う)は 元の熊野宮では無い!って事やんね。
そんな中、
神倉神社は、標高120m
少し高い位置にあるので、
神倉神社が 海から見える熊野宮(本来の熊野宮)だ と推測され、そのように伝えられているようです。
ホツマの研究者もそのように推測してました。
しかし!!!
ここへ来てみて
それはきっと違う
と、思った
だって、こんな
ショボいのが(ごめん)
熊野宮 な訳がない
しかも ここ所詮120m
沖から見ても、パッとしないはず
ここじゃないとすると
海から見える "みくまののみや"は
一体 どこ???
どこーーー???
みくまののみや(熊野宮) は
イザナミの象徴、イザナミの証、
我らがイザナミかぁさん が 命をかけて
一身で、世間の隈(悪いもの) を引き受けるために作った "熊野宮"
宮、ちゃんと お宮 が存在するはず。
ここに宮があったとは思えない。
だから、、、
みくまののみや は、
あの、日本の聖地
『玉置神社 の気がします
』
きゃ〜
言っちゃった〜
(この後、玉置神社へ行ってピン
ときました。漁師が目印にしてたんやって!続きは 玉置神社のところで書きます。)
ときました。漁師が目印にしてたんやって!続きは 玉置神社のところで書きます。)そして。もうひとつ、
神武天皇が登った 天磐盾 は??
これもホツマツタヱでは
神武天皇の話で
〜くまのむら
いわたてこえて おきおこく〜
沖を漕く
"いわたて" っちゅー物が、沖から見えてて、それを越えて航海してた事やね
書記では "あまのいわたて" ですが、
ホツマでは あまの は付いていません。 "いわたて" と、書いてます。
"あまの" とか "あめの" を付けると
天界,神様の扱いになるから、
記紀から読み取ると 神降臨 となってしまったんじゃないかなぁ?
ホツマでは、"いわたて" に "あめ" も "あま" も 付いてないから
神の降臨では無い。ってか、
そもそも、ホツマは実話なので、
クマノカミ(熊野神)は、実在する人物やし、空から降臨などしてない。
次にクマノカミの話します。
で。
海(沖)から見える いわたて とは???
ここで云う 文中の "いわたて" も、
神倉神社ではない気がするのです。
(〜あまのいわたて〜 と 〜あまのいわふね〜、公私混同(笑)
記紀は天つけるの好きみたい)
で。
ホツマニアックな なぁぶぅさん、
調べてみました
そしたら

三重の 楯ヶ崎 と云うとこがヒット⬇︎
神武天皇が登ったとされる? "いわたて" は、
神倉神社の岩 ではなくて
おそらく 三重の 楯ヶ崎 ですね。
こちらにも神武天皇の逸話があるようですし。(これも書くと長くなるヤメ)
場所的にもビンゴだし、
漁をしていた人が目印にしてたんだから、わかりやすい。
みくまののみや(熊野宮)
いわたて
の 謎解きのよう
また、新たな発見があれば、
そそくさと訂正します(笑)
ほんで まだナゾがあって
ホツマニアック〜
このすぐ近くに 今回、行き逃した
阿須賀神社
ってとこがある。
そこの摂社の稲荷が、
狐三兄弟ハタレの鍵を握ってるかも?、
あ〜、行き逃した

悔やまれる、
ちなみに
ここ神倉神社の手前の摂社の出雲大社にも、三柱の狐がいたのです!
熊野速玉大社、神倉神社、阿須賀神社
まだまだ ホツマニアックな 追跡課題です。
詳しい人、教えてください
(磐座信仰 は、どなたかのお墓である事が多いから、 もしかしたらタカクラシタさんのお墓とか、そーゆー可能性もあるかも?)
家から神倉神社までの直線距離110.6参る(キロ)
これまでの合計3215.1マイル
次は那智ですよ〜
急がないと夕方です














