【Touch & Go】
著:micchy
時計の針が午後9時を指した。
土曜日という事もあり駅前の公園は賑やかになってきて
気力が削がれてきた。
ふと噴水の方に目をやると
どぼーん!という音と共に水しぶきが舞っているのが見えた。
酔った大学生が
噴水に飛び込んだようだ。
『頃合いだな』
俺は次を最後の曲にして家に帰ろうと決めた。
ネジが外れかかって少し傾いた譜面台を直し、
ギターを胸に抱えて
再び唄い始めた。
■ ■ ■
唄い終わり、
さあ片付けようとした時だった。
「ここで歌うのに誰かの許可とか必要ですか!?」
ふと顔を上げると齢は18くらいの女のコが、にぃーっという笑いを浮かべながら
手を後ろに回して
俺を見下ろしていた。
八重歯がチラりと覗いている。
ピシピシピシ。
第6感が何かを訴えかけていた。
「特別誰かに許可もらってるワケじゃないよ。」
「怒られたりしませんか?」
「まあ、たまにね。酔っ払いに『下手くそ、辞めちまえ!』って怒鳴られたり。」
「えー、お兄さん歌上手いのに~」
「上手くても下手くそでも、
歌が嫌いな人にとっては騒音以外の何ものでもないからね。」
「冷静ですねぇ」
「まあ、君と一回りは違うからねぇ」
その後、彼女は
妙な事を口走った。
「あのー、えーとヨ‥サクさん?」
ヨサク??
一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかったが、発言する直前に
譜面台の裏に張ってあるフライヤーを覗き込みながら
喋った事から判断するに‥
「OじゃなくてU。ユウサク、だ。
ローマ字読めないのか」
「あたし英語苦手だから‥」
英語っていうかローマ字くらい読めてほしいと思うが。
「君が最後のお客さんだし。
もし良かったら、このお客さんノート書いてもらえる?
聞いてもらった人には書いてもらうようにしてるんだ。」
「へえ~。じゃあ書きまーす」
自前のペンケースから鉛筆を出して
渡した。
ノートに目を通すと
可愛いらしい丸文字で
『夏目水華』と綴られていった。
「これはナツメ‥ミズカて読むの?」
「ちがいまーす。『スイカ』って読むんでーす。」
「ああ。
『タッチアンドゴー』の方か」
「うっわ!
オヤジギャグ。退くわー」
オーバーにリアクションしながら
八重歯を披露して
水華は愉快そうに笑っていた。
俺も連られて笑った。
(続く)