大学生にもなると人間関係のこじれ方が面倒である。

単純に『友達』として付き合っていた高校時代とは違って、地元が違えば育ちも違う。
バックグラウンドや価値観が全く違う人と付き合うのは大変なものです。

中でも最近思っているのが『双方向性』
あらゆることで言えます、そのはずです。

自分の中で印象に残っている言葉がある。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」

確か小学生のころにこのセリフに出会い、今でもその価値観はしっかり残っている。

道徳の時間に学ぶであろう
人にしていいことは、自分がされてもいいことだけだ。と

今更である。
成人も目の前にして、なぜそれが分からないのかが分からない。

悪口を言ったら、自分も言われていると思わなければならないのだ。
自分がやったことがそのまま跳ね返されてもいいような生き方をすべきではないだろうか。


では双方向性とはなんなのか。
ずばり一方通行の関係では駄目なのである。

自分の世界だけで物事を語るのではなく、相手の意見を聞きながら、相手から見た自分を想定して会話をしなければならない。

簡単なことである。当たり前のことである。


それが出来ないからこじれるのだ。
新入生きましたやってきました。

心なしか、みんな可愛く見えますね。
中には自分と年齢が同じ、もしくは上の人がいたんだけどもやはり一回生、迷える感じがもう。

新入生を送ることがあって講義室に入ってみたら驚くほどの静けさ。
一年前はうちの学年もそうだったんだろう
いつの間にかざわめきだすんです、大学ですから。


さてさて新歓です
色んな人に話しかけないといけず、かつ飯に誘うとなると中々のコミュ力が試されるわけです。

知らない人だし、これから話すこともない人でしょ
自分はそういうタイプの考え方なので割と話かけるタイプなのだが、やはり難しい。

沈黙は気まずいって思った瞬間駄目ですね。

沈黙を楽しめたとプラスに考えてみれば、ゆったり話せたんで割と成功かと。

勧誘はした。あとは道場にいらっしゃい。
明日大学は入学式だ。

去年の今何してただろうか、なんて少し振り返ってみる。
うちの大学は入学式前からオリエンテーションなりなんなりで学校でのイベントが多く、入学式前には友達が固定していた気がする。

まぁ実際その友達と今も仲がいいかといえばそうではないのだが…
もちろん一年間仲の良い友達もいる

入学式自体に不安はなかったし、むしろ新歓やら一人暮らしやらで浮かれた生活を送っていたような…

部活も弓道部に入ることは決めていたし、あとは飯を奢ってもらいに適当に部活を周っていた。
ノリがキツイのは苦手だったけど、誘う側になって初めて気づくのがノリ良くしないとやってらんない。

明日どうすっかな。うまくいきますよーに。