《以下、沖縄県在住SNS上の友人から》
今日は沖縄戦が終結して70年目の日。
この島では幾十万の兵士及び住民の命が戦いで失われました。その痕跡は島の至る所に残っており、いまだ発見される不発弾もその戦いの残滓。
戦争は起こしてはならない。
これはすべての方々に共通する思いですが、戦争の時代に生きた先人たちを蔑み、これでもかと自虐史観を植え付け、戦争の悲惨さだけを伝えるだけで戦争を防げるのでしょうか?
革新系の方々は、「沖縄は本土の捨て石にされた」と眉間に皺を寄せ叫びます。
そうでしょうか?
沖縄戦では多くの他府県出身の兵が沖縄を守るために戦いました。沖縄県民だけが戦没したのではありません。そして沖縄県民も自ら銃を手に戦ったのです。
昭和20年5月24日夕刻、島のほとんどが占領された沖縄へ熊本から飛び立った爆撃機の編隊がありました。
彼らは「義烈空挺隊」と呼ばれ、制空権のない沖縄にたどり着いたら飛行場へ強行着陸し戦うという戻ることを想定していない決死の攻撃隊だったのです。彼らの中で対空砲火をかいくぐり沖縄本島の飛行場に強行着陸できたのは1機のみ。それでも彼らは勇敢に戦い玉砕したのです。米軍の調査では69名の兵士が確認されています。
それに先立つ4月7日には、連合艦隊旗艦の戦艦大和が沖縄突入を図り撃沈され2740名が戦死。
それだけではありません。
沖縄諸島周辺での特攻作戦において海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施し、海軍では2,045名、陸軍では1,022名が特攻により戦死しています。
捨て石にしようとした沖縄に、これほどの人命と装備を差し向けたでしょうか?
「捨て石」と蔑んでいるのは、現在安全な時代に生きている方々です。先人が命を手段に変え守ったものがあるから、いまこの国は存在し、私たちは命を永らえている。
せめて今日くらいは、政治的な発言や先人を貶めるようなことを言わずに、心から戦没者への哀悼の意を示してほしい。
翁長知事の哀悼メッセージが、政治的プロバガンダにならないことを願っています。
今日の日に私が願うことは、先人への感謝と哀悼の意を表するとともに、次世代を担う子供たちへ、このような事実があったことを教えていきたい。
義烈空挺隊のこと、菊水作戦のこと、沖縄を目指し沈んだ大和のこと。
戦争の悲惨さだけを強調し、このような事実が無かったかのように目隠しをする教育では、どうすれば戦争を起こさずに済むかという部分が置き去りになっています。
これでは戦争を防ぐことは叶わない。
歴史を繰り返してはならないという方々がいま、歴史を繰り返そうとしているのです。
………以上………
私は「捨て石」にされているのは、帝国主義の最後の時代に欧米列強の企みによって巧妙に嵌められた我が国「日本」そのものであると考えています。
「日本」が先の大戦によってそれこそ「捨て石」にされたことによって、それと引き換えに実現されたのはアジア諸国の植民地解放であり、現在の世界平和の秩序ではないのでしょうか?
そんな「日本」を日本人が自虐史観によって蔑むことは間違っています。日本人が本当の「日本」を理解してあげなくては、あまりにも「日本」が可哀想です。
⬇︎ここから目を醒せ!日本人!