御巣鷹山
はじめに
本日のレポートは、26年前の今日 航空機史上最悪(単独機)の事故現場となった
御巣鷹山 (御巣鷹の尾根 ※¹) へ8月10日(2日前)慰霊登山に行ったレポートです
いままで、とても近くにあったお山だったけど...
配慮に欠けるような気がして進んで登ることの無いお山でした...
「御巣鷹山と生きる」を読む機会に恵まれ

航空機事故の悲惨さ、風化させてはならない真実があるのでは
私達が知っていなければいけない事実があるのでは
そんな思いから 勉強と言う名の慰霊登山に行ってきました
慰霊登山 当日に撮影した写真をそのまま載せています
テレビやニュースでしか知らなかった2人が真摯な気持ちで訪問しています
レポートは私(なべちゃん)の立場からの表現になっており
配慮の足りない部分もあるかと思いますが どうぞ御理解下さい
※¹ 事故当時、墜落地点は御巣鷹山と報道されたが正確には高天原山系(たかまがはらさんけい)に
※¹ 属する無名の尾根であり、御巣鷹山の南隣に位置する。この尾根は後に、上野村村長であった
※¹ 黒澤丈夫 によって事故現場に最も近い御巣鷹山から「御巣鷹の尾根」と命名された
1985年(昭和60年) 8月12日
日本航空123便 (ボーイング747SR型JA8119号機) は
0歳から80歳代までの 乗客509名 乗員15名 計524名 を乗せ
大阪伊丹空港に向け羽田空港を18時12分に発った
離陸から約12分後に異常事態が発生、操縦不能になり18時56分頃
群馬県上野村近くの山中に墜落した
ニュースでしか見たことのない10代だった私にとって
ひとつの事故として 人ごとのようなままだった...
今日は、26回目の慰霊登山の日にあたる
2011年 8月10日 午前
標識に従い車を走らせ墜落現場である 御巣鷹の尾根 登山口

登山口には杖が置いてあり
杖の1本1本に やさしい 励ましの言葉 が書かれています
なべちゃん えっちゃんは 足を進め 見返り峠を越え スゲノ沢に出ます
スゲノ沢をさらに登っていくと 無数の墓標が目に入ってきます
墓標は 遺体が発見された場所に設置されており 驚くほどの墓標の数を前に
勉強と言う名のもとで来たことを後悔しそうになります
御巣鷹の尾根に登る前は 8月12日を避けて登るため気持ち的に余裕さえありました
それも はじめだけのことで 登山口が近くなり 尾根が近くなるにつれ
来たこと自体が 間違っていたのではないかと言う 気持ちに襲われます
一つ 一つ の大切な生命があったことを標す墓標を前に
別れの時間もないまま 遺族という名で残された人たちの無念さを容易に感じることができます
私達は 発する言葉を失い 黙々と尾根を目指します
しばらく登ると 休息所(山小屋)とトイレがあり ここから尾根までは あと一息です
登ってきた急斜面 数えきれない墓標に何度も立ち尽くしてしまいます
登りきると 安全の鐘 と 昇魂之碑 のある広場にたどり着きます
この広場付近に 機体の機首部分が激突したと言われています
広場から南東の方角に目をやると木々の間から奥の山の尾根が 削られているのがわかります

写真中央にU字溝
写真の尾根(U字溝)に右の主翼がぶつかり 123便は 右に反転 真っ逆さまになって
およそ480km の猛スピードでこの尾根に激突したと言われています
尾根から見る空は青く 飛行機の飛ぶ音が遠くに聞こえます

持参したお線香などをお供えし 安全の鐘 を鳴らし 手を合わせる
二度とこのような悲しい事故が起きないよう 520名 ※² の方の御冥福を心より祈りました
※² 乗客には妊婦が一人いたため 胎児を含めて死亡した乗客は521名であった、とする考えもある
痛いほど熱い日差しが照りつける御巣鷹の尾根
26回目の慰霊登山を2日後に控えた尾根は静かにその時を待っているように感じました
さらに上に登ると 遺族の碑、遭難者遺品埋設の場所 があります
ひとりの男性から話を聞くことができました 涙がとまりません
この辺りは、事故のとき炎焼した場所とされ
26年が経った今でも焦げた木はそのまま残っていました

すべての墓標に手をあわせることは出来ませんでしたが
学校の先生、医者、歌手、タクシーの運転手、警察官 多くの夢を持った子供達
夏休みの機内には 多くの子供が乗っていたことに衝撃を受けました
私には到底わからない 大切な人を失った心の悲しみ
それでも 一歩 一歩 足を進め 墓標を見つめるたびに涙が流れます
下山する途中 意外なほど多くの方々とすれ違い 再びお話しを聞く機会にも恵まれました
しかし登ってこられる方の中には登山と言う言葉が相応しくない高齢の方もおられ
26年と言う月日の重さ 乗り越えられるはずもない苦しさを感じてしまいます
「どんな かたちであれ この山には間違いなく 524人 の血が染み込んでいるんだよ」
心が苦しくなるお話しを聞く機会もありました
下山してから登る前の重々しい空気とは違い 何か気持ちが落ち着いた感じを受け
御巣鷹の尾根を訪問したことは 間違っていなかったと感じます
御巣鷹の尾根は観光地ではありません
しかし 大好きな山という所で起きてしまった事故を通し 生命の大切さを再認識しました

御巣鷹の尾根をあとにして
上野村が建立した 慰霊の園 に車を止めた
ここは、尾根へ登れない遺族 と 遺体識別がつかなかった遺族にとっては 唯一供養できる場所
合掌をイメージした慰霊塔には 犠牲者全員の名前が刻まれていましたが
刻まれた名前の数は向こうが小さくなるほど並び
多くの外国人も乗っていたことに気づかされました
慰霊塔には身元確認のできなかった遺骨が123個の骨つぼに納められ眠っておられます
お線香を上げ 520名 の御冥福をお祈りさせていただきました

事故から26年 願いはひとつ 「 安 全 」
たくさんの命を一度に奪ってしまう戦争や災害 そして様々な事故
8月は日本にとって、忘れてはいけない事が沢山ある季節と感じます
亡くなった人たちの死を無駄にしないためにも
生きている私たちが少しでも多くのことを後世に伝えなければ...
人は過去を忘れ 同じ過ちを重ねてしまう
多くの生命を失った東日本大震災も重なり生命の尊さを考えさせられた1日でした
日本航空123便 乗客乗員の方々
その御遺族の方達に 心から哀悼の意を表します
参 考
・ 慰霊の園 住所 群馬県多野郡上野村楢原2218-23
・ 日本航空123便墜落事故 Wikipedia
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・ ららん藤岡(道の駅ふじおか)花の交流館内にて
「日航ジャンボ機墜落事故パネル写真展」9日~14日開催中(16:00まで)