さすが琢朗さんパワー!
心配されていた台風もウソみたいにどっかいって、お昼には青空が・・・
琢朗さんの引退試合にふさわしい、さわやかで心地よい秋のズムスタになりました。
これも見納めですね。
兄貴こと金本選手の広島ラストゲームということもあり
ズムスタは今季最多の3万2095人の観客で埋めつくされました。
このポスターを打席のたびに一斉に掲げました。
裏も琢朗さんのイイトコ撮り!
投手で入団した大洋ホエールズ時代の写真もありました。
横浜を戦力外になり、カープでは2009年から4年間の短い期間でしたが
球団にとっても、選手にとっても、ファンにとってもかけがえのない選手となりました。
もちろん、琢朗さん本人も、本当にカープを愛してくれました。
選手たちは琢朗さんの姿を見て感じることも学ぶことも多い濃い4年間となりました。
いくつになっても必死で泥臭い野球は、カープにぴったりでした。
横浜の石井から、広島東洋カープの石井琢朗選手になりました。
でも、横浜時代のファンも忘れていません。
この日も、横浜から駆けつけたファンの方もいらっしゃいました。
20年間在籍し、優勝にも貢献し、2000本安打をはじめ数々の輝かしい記録を成し遂げた功労者です。
あんな形での横浜の去り方は、あまりにもつらく悲しい納得のいかない別れでした。
琢朗さんには、球団を離れても変わらずいつまでも応援し続ける熱いファンがたくさんいるのです。
カープから阪神に移籍した金本選手も、ときを同じくして、万感の思いでこの日を迎えました。
彼もまた広島で育ち、カープファンが愛してやまない選手です。
兄貴なんて呼ばれるずっと前からカープファンの宝でした。
でも、「阪神を助けてやれ!」と快く阪神に送り出した選手です。
この日もカープ時代の背番号「⑩」のユニを掲げるファンがたくさんいました。
打席のたびに熱い拍手と声援が止みませんでした。
本当にあったかいです。
様々な思いが交錯する中での引退セレモニーとなった試合でした。
私も昨日から試合やいろんなシーンを思い出すだけで涙が止まらなくてたいへでした。
「感動した」って言葉だけじゃ言い表せないほどの、心が揺さぶられる感情です。
それだけこの胸に深く突き刺ささり、この目に焼きついて離れない試合となったのです。
まさに一生の思い出になりました。
その2に続く・・・



