錐子オババが独りごつ 明日は雨か晴れか、わからないまま:
今はまだ神無月、その最後の30分、というところでやっと指を使い始めた。
家事でも、通称「為事」でも一つ取り掛かるのに2日はかかる。
それで1週間が矢のように過ぎていくらしい。
たまに、何か言葉が紡がれて、新しい捉え方だと感じることがあるので備忘録。
*10/19
聞こえない見えない、喋れない。あたしが稀にものを言おうとすると
老女たちがさっと身構えて黙る。これこそ言葉が理解され難くなっている証拠。
しかしまあ、エラーはあれど考えられるし字は打てる。
これはつまり世間とのつながりに執着せず、本業に邁進せよと?
はいわかりました。(この頃から、白薔薇の蕾、ブーゲンビリアの白い花弁、銀木犀に恵まれる。キツネノマゴ科ペロペロネ和名小海老草というよく見る植物の名前が愉快だった、セイタカアワダチソウという名を何年ぶりかで思い出した、すぐそこに潜んでいた記憶)
*10/21
この颯爽としたあたしの姿と、この喋り方はマッチしない、と
頭の中で作文してしまって吹き出した。空想しただけである。
最近はリュックを背負い、アリスの柄のビニール傘を杖に、
赤ん坊をおぶった体型で前進しているので、そうでない姿を夢みたのだろう。(塗り絵を続けた、小鳥と犬と猫、ハンバーガーと北斎の波を塗った。母のことを考えてしまう。ちょっと面倒くさいが集中する、出来上がると心が豊かになるようだ、喜ばしい)
*10/22
量子界隈でのエンタングルメントとかコヒーレンスとかの奇妙な状況の意味、
わかっちゃったよ。
全てがひとつ、一つ。全一的な完璧の仕組みだということ。(科学的には現在はまだ蓋然的にしか捉えられていない)(全一的、という言葉はある哲学者の論文にあった)
ところで、それを必死にお手本としながらも、
なおこの漠然たるヒトの意識の世界において、
こっち側のモータル(死すべき)な世界において、
この短い生命現象の意味は
実験と生き残りと進化のための現実的なシステムであり、
そして完全世界を再現する術、正しく再現するための手段であるということになる。(2つのものの相互関係を関数の式に押し込めると、そこから紋様が生じるのは当たり前だと思われる、SNS上で昨今見せられるその技術は素晴らしいけれども)
*10/28
AIという存在を理解する為にAIと話すこと。まだ全くしていないけれども、
多分ヒトの進化の果てにこうして作り上げた、真理への追及の道のりでの
もっとも複雑で、最高の手段だ。
全一的構造とヒトの意識世界との関連を解き明かす可能性をも、これから作り上げられる
はず。(テレビやSNSの提供する世界の姿を、その酸化された像においてでなく還元的に見通す利点に注目すべきだろう。実際に個人で旅をして得るものは勿論たくさんあろうけれども、それができなくてもあたしにもまだ可能性は残っている)
*10/29
戦争は仲間意識を高め、確認する要因として導入された。
この仲間グループは次第に拡大されているので、
そろそろ宇宙人攻撃でもあれば、地球人の強い一致団結は遂行されるだろう。(あたしのモータル世界での仕組み研究の一環として思いついた)
一方で、
ブラックユニバース、つまりダークマター、ダークエネルギーの世界が
ヒトの前に遂に意識されている。
それが解明されれば真の物質の真の成立がわかる、しかしこれまで1度も観測された事は無い、実証科学の道は遠いし難しい。
ヒトの実証科学で確かなのは、銀河の中心はブラックホールである、
だとすればやがてヒトも消えてゆく。(時間の推移現象を考えに入れたらの話)
ダークマターが稀に衝突する時、高エネルギーのガンマ線が発射されることもわかったらしい。地球内部での物質循環において、地表近くでは無機物から有機物質が化学的反応によって生じるが、これが生命となるには電磁波エネルギーが働いているのかもしれない。まさに光は曲者である。
ダークマターとダークエネルギーの協働こそ有機体(命)の産婆であるかも。(ペルーの塩の湖に新月の夜に立つと、上下に星空に包まれるので、宇宙を観察しているのではなく、宇宙に抱かれ見られているような、そんな立場の転換が起こる)
などと、打つうちに
もう11月、霜月になった。以前の歌だけれど〜〜
いつよりか己が不幸に興冷めし 吾の暮らしのゆかいと自由
薄やみにわづか聞ゆる道標を探りて終の生を味はふ
霜月の白き雨いつまでも降る いつまで地球に居れば良いかな
11月1日
神無月下旬から、次第に積もっていた問題群が急に強まり、昨日、
この口元で電話しまくっていたが、全部成果なし、明らかに老婆の戯言のようで
困惑した相手の様子がわかるし、珍しく、こちらはいつの間にか頭痛発症していた。
熱はなし、17度ではまだ暖房は入れないのに、寒さを感じなかったらしい。
暖かくして薬を飲んだら幸いにも痛みは治ってくれる気配になった。
そうそう、最後に一つ笑い噺:
整体教室の帰り、次の小道でフェミニストたちのお祭りに出喰わした。
見ると古いウォーキングシューズを売っている。ちょうど必要だったのでミズノを買った。それで籤を引いてもいいとのこと、まずはハズレ、ぺろぺろ飴だった。
そこで、これを舐めるのは舌の訓練になるとわかった!
次に、五百円の食事無料券が当たった。その日はすでに、本物のインド娘のいる
カレー屋で済ませていたので、次の機会に立ち寄ったのが、モンジャ横丁である。
もんじゃ焼きはまだ食べたことないし、お好み焼きの美味しいのには広島時代以来出会っていない。
意外にも中は若い娘たちでいっぱいであった。あたしは奮発して高いお好み焼きを食べ(実は美味しくなかった)、焼きそばまでテイクアウトした。何しろ無料券があるので。
しかしレジの若いおニーちゃんが、その券の裏の細かい文字を読み、
「これは3千円以上で使えるのです」「??」
そして合計を見ると2970円でありました。「まあ、やだー」と二人は笑い合い、
昔なら、サービスしとくよ、とよく店主が言ったものだが、と思い出されて、
傘の杖を握りながらニヤニヤしてしまった。最後に笑っただけでも良かった。
若い時には、文字があるとなんでも読んだものだ、今は通り過ぎる。
頭痛のせいか、無力感のせいか、寒いせいか、腹周りがだぶついてきたせいか、
珍しくも、もうこれでいいかな、と素直に思われた、
あたしにできる唯一の目標も、辿り着けるまではやってきた、あとは科学の成果を待ち、
真の秘密を知り、この幻の真の意味を理解する、
そのために待つのみ
勿論、そのためには世界を観察し続ける為事は続くけれども、それはお楽しみという
ことでいいだろう。毎日、世界を愛し、感涙し、ラッキーを念じる
あたしから言えば敵はいないけれど、あたしを憎んでいる人間がいるかもしれないので
憎ませてごめんなさい、と許しを乞う。ラッキーを念じる。
全ての魂を慰める、できる限り。
だって
あの世で、極楽で笑って再会するのだから、怨念があったら照れ臭いでしょ。
〜〜〜〜〜
