令和8年10月4日日曜日

また真紅のハイビスカスが咲いた、蕾は2個さらに準備している。

落とし文とかいう、さなぎのためにクルクルと葉を巻く虫にやられつつも。

ところで、昨夜無理して書き上げたもの、一夜のうちに消えてしまった。

どこにも見当たらないので、神さんと協議した結果、よりよいものを作ることに決定。

どうかな。。。メンドイ

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「まさにこれ、」とはまだ思わずに、一昨日病院のそばの、

水田に水を引くための用水路を覗き込んで、20センチばかりの水深で

さらさらと澄んだ水が流れているのだが、すぐにあれ、と気づく、

黒い小さな魚の姿、

孵化して間もない兄弟姉妹であろう。百匹くらいはいて、右へ左へ、動いていた、

かわいい、鯉だろうか・・・

 

凝視するうちに、黒い体に何か不透明な、同じく動くものがひらひら、とくっついている。どれにもくっついてひらひらしている。トカゲの襟巻きみたいだなどと思った。

と、突如あたしの視界の軸がくるりと回転した。

 

違う画面に切り替わったのだ。3Dの騙し絵みたいに。

黒い魚の方が、その上にうっすら見える実態の影であった。だから黒かった。

日は燦々と、斜めに注ぐ、それで少し大きめの影となっていた。わちゃあー

 

風に揺れる水流により、日差しの角度、場所の高低により、その形をくるくる変える。

そうか、我々の意識は、この流れのようであって、たえず流れながら、

そこに現れる黒い情報を感知して、刻々の形の歪みを世界の形と見做すだろう。

 

(半透明のやや小さな物体が本体で、黒い形はその影である、あたしはその影に共感して実在を感じていた。これぞこの地球世界、宇宙世界、この生物界、人工物界、あるかのごとき物質世界である。魚とその影との関係を何と認知する?

 

量子が同時に反応し合うのも宜なり、一にして全なのだから。

そして、真の(我々には見えない)物質界の仕事の対象としての意義を、影は持つ。

真偽の混在した部分である地球(+宇宙)界で、我々の意識は

懐かしい憧憬の価値に達しようと意思する、

半透明の実在とツーカーとなり時空を超え、デュエットを歌えるか。

 

肉体は死ぬと見えるけれども、魂は永遠に極楽に戻る。

無限の可能性を幻に味わい尽くして創生プロセス(いわゆる神さん)は大団円を描く。)

 

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ちょっと脱線したかな?

この2週間余りを見返して見た時、家事とは全く無縁であるのに、けっこう多忙だと気づいた。自分事を遂行するだけだ。

そこで自分ごとの内容を知っておきたくなった。かなりばらけているので。

 

ホームでのオババの暮らしなど、興味ある人など居ないのに、何度か自然にそれを試してはいたと思うけれど。。。

まずは時間の配分:

7時から8時、9時から11時、13時から15時、16時から17時、18時以降23時までが自室で過ごせる自由時間である。合計10時間余り。(施設提供の午前中の椅子体操、午後のラジオ体操、一応整体保持に役立っている)

 

いい加減なルーティンとして:

ベッドでのストレッチ、体重測定(リストアップ、グラフにする楽しみ、特に1年余りで薬の副作用から徐々に減量10kg、但し皮膚が余って眼に余る状況とはなっている)、

ヒアルロン酸乳液と日焼け止め、眉を補正(左が消えかかっている)、歯磨き3回、

薬、アリナミンビオフェルミン、塩胡椒(味噌汁に密かに投入、特に夏)、目薬

季節により散歩10分、自己体操、

最近、鍼灸とリハビリに通っている。そこでもらう宿題運動、数分。

日々の備忘録記入はある意味、趣味の項にはいる。歳とるごとに詳しくなるのは

海馬の容量との兼ね合いであろう。

 

ここに瞑想時間も入れる予定だったが、全く実行していない。

実行できなくなったのである。持病のせいで、腹式呼吸がうまくできなくなった。

神さんがそれを要求しているわけではないので、罪悪感をもたないことだ。

 

テーマはおのずと、ここで終活となる:

残りの生は、綺麗に終わるために使う。これはあまりに情けない。社会や人のために役に立てればよかった。夫の介護が終わり、帰国してさあ、と思う時にはちょうど

口が効けなくなってしまった。

それはかなり活動の可能性を狭める。ゼロとも言える。

現にすでにここで、あたしはジェスチャーしか使えない。

動くパンダみたいだ。日に日に進行する。

 

遺書をまだ書いていない。ここにある事物は全部廃棄するものだ。

そのための情報をまだまとめていない。

書き物の手配は、デジタル世界に任しておく、母のたくさんの花の絵も何とかしたい。

 

9月20日にふと安楽死の日程があたしの中で決まった。

種々勘案の結果、長男、前夫、孫の生日近辺にしようとすっと決まった。

医者がそれしか話題にしない胃瘻と延命拒否の家族決定が、いつになろうと

この可能性のうちに納まるように。

それがおのずとあたしのこの人生の意味をも決定するのだ。

流石にほっとした。笑って過ごせる。ただ、今日思った事、

もし誰かがあたしに生きていて欲しければ、伸ばしてもいい。

死を自分で決定できるなんて、ドイツ語にいう”Wahnsinn!"だ。

 

それからいわゆる趣味ごと:

文芸、音楽、塗り絵、自然付き合い、世に言う推しを眺めること、スマホやMacで提供されることを娯しむ、知識のまとめにもなる、整体、人体情報も面白い。脳トレ関係(パズルにハマっているかも)

 

自分の仕事:勝手に選んだ使命的仕事として物理哲学によるいわゆる神学的真理探究。

できればハンドパワーでもあればよかったかも、しかしそれは地球に縛られて、真の探究から離れることとなるかも知れず。

この上は、自分の神さんとの協働で、全ての意味をひっくり返さざるをえないほどの救いの手助けをしたい。あたし自身が、そうして拾い上げられたと思わずにはいられないので。

 

満月は、小窓から覗くとそこにある、少し話しているうちに、じゃあね、とばかり黒雲の中に隠れていく。

十月の思いもかけない涼しい風に吹かれて、木陰に佇んでいると昼の月、あたしの好きな花びらの形でぽっかりと下弦の月があった。鴉がしきりに飛ぶ、月を認識するのだろうか。

空色の朝顔は涼風にその色を深めて碧色となる。露草の藍色に黄色い蕊のカメラの撮りきれない斑点が愛らしい。横浜のあの草原に小さなピンクの昼顔があったっけ。

 

記憶力減退に驚く。病理的な痴呆があらわれるかもなあ。