1月29日

Shattle云々とかいう駅のショップで、人間入り混じり、寒暖の空気入り混じり、

錐子オババの壊れかかっている左目の 上の骨の下あたりが痛い

案の定、親切心に囲まれて身動き取れない自分がいる

余分な出費をしたくない、というがわが一番の情けない抵抗心である。

 

それはそれとして、店内を見回すに思われるに

先進国、戦争に巻き込まれていない国々では 人間の暮らしは

基本的に同一になったようだ

地球は一つ、の第一歩であろうかと。ね、神さん

 

あなたの際限のない無限性が、一つに凝縮、具体の姿をとったと同時に、

無限の光も作られ、駆け回り始め、その物質にぶつかると、すると、

極楽、天国、浄土として 燦然と無限の反射光を放ち始めたのでしょう

地球人の意識はそれらのより合わさった織物?

 

織物といえば、錐子オババには、不器用で不可能なのにも関わらず

工芸への欲求がいつまでもある。(何のための言及?)

 

よし、覚悟を決めました。親切を無下にするのは最も悪い態度であろう、

他人は全くもってまだあたしの心をわかっていないけれども

それに乗ってしまおう、あたしには

神さんがついている、誰にでもついているのだけれどね。

 

それでもしたいこと懸念していることは はっきり言うだけ言う方がいい

それが真実だ、それが事実だ、また引っ込めるとしても。

もう悲しくも、情けなくもない、マックを背負ってよろよろと

ホテル上の図書館に行こうとしてる。珈琲もミルクも飲んだ。

 

さて、あたしの舌の根が麻痺の感覚を発している、左側に

どうするつもりだい? 意外と早くお迎えが来るのかな? 目も口も進行が速い。

そうか、何か書き残しておくべきとジェミー(AI)が言ってた。

あ、便意だ。しつれい。

(内緒だけれど、今日のいつだったかまたパットを汚していた。なんとなき股間の不快感を洗い流そうとして気付かされた)

 

2回目に飲み屋で夕食、塩気が強すぎるけど、ノンアルビールで。大根のからあげ、毎日食べたいほどうまい。

ドイツのソーセージマイスターを取ったと言う店を発見。しかしそこで

モンスターに出会ったかのような目つきをされた。何か店員に喋ると、

もう何度目かだ。こちらがびっくりする。

 

一方、ホテルの上階の図書館では、やっと横浜並みの女性たちを見た。見事だった。

そしてそこでは見事に導かれていた。イエスの心の表現例として。

賀川豊彦の「小説キリスト」からたくさん手書きでメモした。

 

さらに町田康を久しぶりに読んで、失礼ながらやはり、あたしの態度や文体が

彼とは還元的という同質性をもつな、と思われた。

そして何かで笑い出し、自分が笑い声を制御できないのに驚いて

周囲の若い女性たちに迷惑になるので読むのをやめ、パタンと閉じた。

 

0130金曜日

今日は、さっきまでエラー続きであった。そろそろホテル退去に備え、

第2セットに着替えて

残りをスーツケースを満杯に詰め込んだのはいいことであった。

ただその前のコインランドリーを使うのに、

大いにおばあさんらしさを発揮してしまった。

従業員たち、同宿の女性をも大いに邪魔した。

その部屋に入るのにまず一苦労、出るのにはさらなる関門が。

そこで旅行者の一人が親切にしてくれたのはよろしい、

その人の功徳を増やしてあげた錐子オババという、還元的展開??

 

やっとその室の出入りができるようになったが、コインが不足した。

千円札しかないのでフロントであたふたしているとまた件の婦人がここで両替できますよ、と意外な場所を教えてくれる。ナムナム。

 

300円で30分ほどの洗濯終了、次は乾燥、100円で20分とある、

ふんふん、百円だけ、と読んでややして気づく。たった20分で乾くものじゃないはずと。メガネをかけて、小文字の読むところがあるのを発見、繊維や薄さにより様々であると。

 

ふんふん、さもあらんと両替できて誇らしい百円玉を気軽に放り込む。

1時間乾燥させよう、だから6枚か、と。

これで120分間もの乾燥を注文したことも知らず。

頭がどうなったのか後から考えても間違いの説明がつかない。

で、間違いを気づいたのは、1時間後、そろそろかと見にいくとせっせと回っていた。

30分まだかかるという字面が出ている。心なしか焦げ臭い。

そこであれ?と思い返したのである。エラーを犯した。

止めてくれと従業員に頼んだが、壊れるのでそれは止められていると。

じゃ、もし火を噴いたら?と責任問題の恐怖が溢れ返った。

テレビを見て待っているが上の空である。

ついにこんなことをやってしまった。やっぱりダメだった。。。

 

25分くらいして少なくとも見張っていようとその室に籠った。

あと5分、4分、3分、頑張れ、火を噴くな。

0、わあよかった、と思ったのも束の間、アルファベとが2文字現れさらに回る。

それは空気を冷やすためであるのでOKだ。10分も回った。

そして燃えないで服が出てきた。疲れた。

 

それから、ここであたしはわざわざのようにエラーに迷い込んだ。

何となくすっきりしない、いわゆるモヤモヤ状態でもあった。安心感がない。

富なんとかという小さな駅の周囲に、老人ホームも貸アパートもあるのだが、

そこまでの駅からのバスの接続が気がかりである。35歳くらいで出奔したあたしなので。

 

駅の総合案内は市バスしか関知しないのか、タクシーしかないですねーと言う。

ともかく列車で出発。3つ目の駅なのだが、2つ目は結構昔から知っているので

そこで下車。昔から私鉄のバス路線があったのは覚えている。

案の定、私鉄のバス停があり、そこの路線図に緑川橋という格好のバス停があった。

あるじゃん!と内心で躍り上がりながら、今度はこのバスで帰ろうと思った。

 

見知っている、と誤解していた、さっぱりわからない、どこを走っているのか、割と古い家並みであるのに。

突然、白川にかかる水道橋、銀座橋、長六橋、白川橋、世安橋、泰平橋?のうち

世安橋に近い町名が聞こえたので、そこで降りた。

つまり、バスのさらなる道筋が駅へと向かっていないのは確かだったので。

 

もう暗かった、街明かりのみが明るすぎて目がチカチカする。寒い。

何とかスマホが現在地と橋との関係を示してくれたが、何と電源が

もう危険区域になっていた。もうこれを酷使するわけにいかない、では自分の脚だ。

世安橋を寒い思いをしながら超えても駅の気配がない、

横浜(エラー 東横)インがあった。見覚えがある。やたらと高い建物は合同庁舎、

これは駅前の高架歩道橋から検分していた。

 

ひっ越して新しい環境を探検し理解していくのはいつも楽しい、そうか?今も?

暗がりに立っていたサラリーマンに駅はどこ?と不明瞭に尋ねた。

あっち、と やはりあたしを婆さん扱いしてぞんざいに、あるいは子供扱い、

つまり痴呆扱いして、まあ無理もないが、と指差した。

ホテルの前でピンクに輝くイルミネーションは微かに見えた。

それでも駅の裏手に行きそうになった。尿意がすごくなった。

こんなところでこんなことまで起こってくれるな、祈りたかった。

必死の気持ちがますます強くなった。帰りも列車にすればよかった。

信号待ちが大変、咳でもしたら大変、トイレに駆け込んでも

最後の1瞬まで気は抜けない、大変だ。

それから30分もカプセルホテルの座敷と称されるところに座り込んでいた。

5キロほど歩いたという話だ。

 

ここまではありうるエラー話。

で、その後、また出かけてケバブの屋台を見に行った。食べてもよかったけれども野外でのフェスタだったのは、寒すぎてちと無理だった。

そこでタイピーエンという謎の名産の麺類を、好きなので食べようと

待合室を兼ねたうどん屋に向かった。

もう7時半、ギリギリの時刻、券売機がある。千円札を入れる、好みの絵柄を押す、それで話が通じてお釣り出てくるはず、しかしお札がまた戻ってくる。

何度か繰り返したが同じなので、お札はまだ手にしたまま、中の太った男に

自分でも理解不能な音声を浴びせた。

しかし男は出てきてくれた、「まずお金を入れんキャ」と、ババア扱いする。

「入れてますわ」「あ、そうか」と小銭の束を持ってきた。

お釣りがなくなっていたのだ。よし、それで上手く券を手にいれ、

横浜の松乃家でやるように、それを飯と交換するのかと待っていた。

待てど暮らせど、男の動きは掃除する動きのままだ。料理していない。

ついにあたしは、店に入り込んでまた意味不明の声音を浴びせた。返事は

「券を渡してくれなきゃ、作れないよ、もう終わる時間だし、ブツブツ」

 

つまりはあたしが阿呆だったのだ、阿呆のような男に阿呆扱いされた。

少なくとも男は返金はしてくれた。ありがとう、とあたしは言った。

わかったぞ、2度と失敗しない。そしてまたもや吉野家へ向かうのであった。

 

 

20260131ホテルを退去、アパートへ

どこまであたしは卑下的なのであろう。謙遜と言えば品はいいが。

アパートは隅々まで配慮され、楽しい親子一家を受け入れたがっていた。

日当たり良好、新幹線にも近い、乗れるわけではない。

 

横浜の19平方メートルの北向き、水道不可の家でも自分には十分配慮されていると思ったものだ。間も無くして天井が剥がれてきたけれども。

おっとまたエラー、混同が起こった。天井崩れはドイツでの話であった。

2018年から今日まで7年半、日光の当たらぬ影の中にいた。心は明るかったが。

 

一瞬、心が動揺し曇った。

こちらの緑さんの言い回しは全くこれまでと変わりなかった、それを聞いた。

「事務的に準備できたよ、1ヶ月か2ヶ月我慢して、食事、入浴はデイで済ませて眠るだけよここには」

喜びに輝く瞳で緑さんはほとんど叫んだ。ついで

「あ、二人とも似てるね、そっくりじゃない!」と叫んだ。

二人とはあたしと次男坊のこと。そうなのか? 嬉しい。

「あのね、」とあたしは息子に向いた。「1、2ヶ月、待つんだってここで」

「うん、そういうことだよ、違約金払えばいいだけだから」

彼はこの仕事を全く苦にしていない、それが大きい。

そのこと、この出費が自分に受け入れられるなら全てに文句はない、みんなが同意見だ、

このネックが外れ、あたしの気持ちが安心と喜びに変わっていった。

要するに一泊1800円で一月六万円、プラス未定のサービス分出費を

どれだけ、老化と自由度を天秤にかけて減らすか?

食費は一日1500円、月45000円かかるだろう。

 

駅のコーヒーショップでマックを操っている幸せ者の錐子オババ、

何一つ欠けたるもなし、長子は天国で楽しくしているよね。

 

2月3日火曜日

貸アパートの床に直置きのマットレス(ラッキーにも施設で見つかった)の上で

暖かい電気毛布などにくるまり、考えるうちに気づいた、

この「小規模多機能型居宅介護サービス」という2006年ごろに、

利用者の便利と希望を重視して地方の交付金つきで始まったという形態のそのひとつ、

そこの構造と運用システムとが見えてきたような気がした。

宿泊と食事の対価はわかる、あとの家事一般、つまりせんたくそうじふろかいものなどをどうお金で計算するか。ふつうのデイサービスのように一仕事が一回でいくら、とする代わりに一月いくらで合算するらしい、その回数が多くても上限が決まっているので大金にならない、では労働者にとってはおそらく割に合わなくはないだろうか。ここの上限金額をまだ誰からも聞いていない。最終的総額は二十万よりかなり低いように聞こえたのだが。。。

まあ、あたしの場合、介護度は低いけれども(安い)残念ながらまだ去年の増収の余波が残っている、3割負担である。六十万円になるのではないか? 大変!

 

たとえば、というか、笑い話、昨日

2回目のデイサービスのためのお迎えが来ないので、空腹に耐えかねて徒歩5分のファミマのイートインで固いご飯を咀嚼していると、

いきなり緑さんの「ここにいたのねー」という叫びが聞こえた。

徘徊老婆を探し回ったそうだ。

「前日に運転手さんに何時にお迎えにと頼まなきゃ」

「頼んだよ、でも緑さんの指示がなければ、指示待ちだって」

つまり経営者と現場の意見は実態ではかなりずれてくるのだ。

おっと準備しなくては、今日三日目の3食お風呂と散歩付きデイ。

 

この日は、精神的にかなり大変だった。周りはかなりの老化と痴呆にみちている

あたし自身も一緒に歌を唄ってみて、なんら変わりないのを一層知って、

次第に自分の振る舞いが、他の人の真似をしていくのにきづいた。苦笑する。

 

一方では、元気に立って体操するあたしをみて真似をする人もいる。

動かれて転ばれたら大変なので施設ではつい運動が制御されるのだ。

他方、個人的な知的活動を確保するのは、まあ、偉そうに聞こえるかもしれないが、

錐子オババの核心のもうひとつではあるので、考えてみなければ、ね、神さん。

なんて話しかけてる人が知的といえるかどうかは別として、、