0916水曜日
令和8年9月になり、それも半ばを過ぎた。恐ろしいほどの時の速さ、
百歳まで19年あるとはしても実質、半分しか認識しないだろう。
それにしても、地震後一月余の間にあたしとしては、かなりの大仕事を果たした。
それでここしばらくはぼんやり過ごしたのかも。
耳には、バッハの楽の音、気ままな一人部屋、今日の午後には鍼灸に行き、
おいしいカフェラテを買う、飲むのには苦労、連続して噴きこぼしてしまったが、
そんなことには代えられない。
哲学的な進歩を2段階も賜った、あとはその証明を待つまでである。
が、もちろん信心が第一、という怪しげな自己満足、しかしそれで良し。
それで、いわゆる「もういつ死んでもいい」の心境となった。
そのために終活がこれからやや多忙となる気配、今その覚悟を決めている。
蚤事件は落ち着いた。猫には全く罪がなく、きちんと手当されていたとわかった。
ともかく殺虫剤を撒き散らし、箪笥の引き出しに、
あるとして幼虫や蛹を閉じ込めたりした。ねえねえ、と追ってくる猫に
心の中でごめんごめんと言いながら逃げる必要は無くなった。
ついでながら、「ありがとう」や「はい」のために口を開けると
よだれがドーなので、ハイの代わりに子供のようなウンの一言で済ませている。
こんな汚く不明瞭なノロノロ喋りを、聞こうとしてくれる誰かがいるのは
入浴時、診察時、或いは同病相憐れむの仲の一人のみなので、せめてこの場で、
誰にとはなくトロしてしまうことになる。元来がお喋りでなくて良かった。
しかし、こんなにも時間を飛ばしてしまった理由はもうひとつある。
それはスマホゲーム。
美しい風景などをバラしたものをまた組み立てるといういわゆるパズル。
すっかりはまっている。
その影響で、リアルな景色が今組み立てたかのように、かすかに名残の線が残って見える。
その錯覚が懐かしく面白い。もちろんいくらか課金されているのだろうが
それがまだ判明しない。恐々。
でも素敵!なのだ、ついに美しい景色が完成すると。
一昨日のこと、何か気になっているとすぐに何らかの符号が現れるのだが、
そのひとつ、いきなりテレビで「補聴器で騒音脳トレ3ヶ月が必要、
けっこう多い聞き取り難聴」の文字が現れた。
六十歳の頃、授業中目の前で学生がじかに何か喋っている、その言葉が認識できなくなった、その時の絶望感には打ちのめされたものだ。
その後、ドイツにいる時、テレビの内容がわからなくなった、
昔の映画ならむしろ聞き取れた、100%。
そのうち、自分のドイツ語が折々理解してもらえなくなった、相手の発音はもちろん。
そのことは、帰国の理由にもなった。
今でもすぐ横で誰かが喋っている内容は理解できない。少し注意して、
こちらを向いて話してくれたら問題ない。まあ、みんなマスクしてるし。
日本もやはり言葉の通じない世界であった。但し、そこにあたしだけへの意味もあった。
もう今生の言葉や概念、理解は必要ない、無用なのだ。
今、ドアをノックされた、ハイの返事ができない、黙ったままである。
10時の水を持きてくれた、元気な看護師、でもそれなりの心配事もある。
キリがない、あたしだって話したいことはたくさんある。書くべきでないこともある。
ドライアイの原因について妙なことを聞いた、テレビ番組から。
年齢を重ねると瞼の縁にある油腺の穴が塞がり、ドライアイになる。
化学物質の反応があるらしく解説あり。
しかし実際にそこで働いているのは共棲している微生物だという。
つまりあらゆる化学作用は実は生物作用ということになる。
人間も、たくさんの微生物の塊のような生命体である。
先日の夜、あたしの部屋の天井に非常に大型の蜘蛛が張り付いていた。
如何にせん。ご注進と当直に知らせると彼女は身震いした。
あたしも苦手なのだが、そのままではとても眠れない。仕方ない、
自分で箒を振るって、蜘蛛を地面に下ろし、逃げるのをちりとりと箒で捕獲、
当直がサッとドアを開けたところで、外に放り出した。
一件落着。ワーイ!
青い朝顔は毎朝、20個ほどあちこちでさんざめく。
数時間しか保てないその空の色は宝石のようだ。もちろん、来年は別色も準備しよう。
0917木曜日
朝まだぼんやりしていると、一人が恒例の今日は何日?をあたしに向けた。
びっくりして暦を振り返り、今日木曜日はリハビリと考えて十日よ、と答えた。
彼女はしばらくしてまた職員のKくんに尋ねた。
17日木曜日です、
え? あ! そうだったか!
朝一発目のエラー、1週間の誤差が、現実と内実の間に!
続いて思わぬエラー、避けたい偶然のエラーに巻き込まれた。
その結果はあたしとしたことが、有名な批判がましい警察官老女と口喧嘩(
こちらは筆談)になったことである。おまけに彼女に引き込まれたもう一人に、
「涎を垂らしながら話すのでわからない人」と定義された。
あたしの名前など覚えていない人だが、そんな批判は口に定着する。
その後、同じテーマが続いているらしく、職員が新しく座席を指定して、
警察官ペアから、いつもの犠牲者を末席のあたしの周りに配置した、
かつ正副ボスも、意見が同じなので、新しく「弱者保護集団」ができた。
拗ねながらも、件の警察官は無実の主張とおもねりを上手に発揮し続けている。
恐ろしいタイプだが、しかしこれもそうなろうと思ってのことではない、
彼女の脳が歪なのだ。
そう考えると憎むことにより憎まれる性も気の毒ではある。
また介護側の中年の人々も、自らの生活苦はありながら、
生きていても一見仕方のない老女ばかりを相手に、さぞかし嫌なことだろう。
これも気の毒である。
さて、彼女が自分の命令(あたしにも夜は6時に寝るべきだと)に反して、
今、夜8時からしゃべくりを展開しているのが、やがて収まったらしいので
太極拳でウサを晴らしてこよう。
日に日に、息切れが目立つのだが。
もはや腹式呼吸ができない。しかしそこには、直近、新しいリハビリが開始され、
腹筋鍛えに励んではいる。がんばれあたし。
0918 金曜日
どうも、しょーもないことを書き連ねている。とは言え、職員の改善努力が
話し合いと総意によるものだとわかる。つまり件の老嬢に、他を批判する機会を
与えないことが、全員の落ち着きに寄与するので、
彼らの対面には、無関心無言タイプを据える、あるいは逆説的だが彼らの標的を配置する。みんなが注目している中で、いつものような批判的視線を作ることもできないように。
ゴーヤのすだれが次第に力を失ってきた。この始末が一苦労なのはわかっている。
しかしあたしがそんな仕事の当てにしていた男性が出入り禁止になったので、
ハサミでぼつぼつ、チョキチョキするしかないだろう。まあいい。
今、雨が降ってくれている。関東では悪者の雨だ。
部屋にはハイビスカスがまた一輪、
彼岸花がにょっきり咲き出した。どちらも得も言えぬ赤、写真ではとても表せない。
睡蓮のうてなとその中の紫の種、これは少しビロードのような表面をしていて、
穴の中でカラカラと音を立てる。来年までお預けだ。
なお再び蚤の卵がかえったらしく、赤い斑点がまたもやあたしに生じた。
対策として考案したのが、疑われる服やシーツなどをコインランドリーで高音乾燥、或いはビニール袋につめてガスを注入して、密閉する。恐ろしいやり方ではある。
大体、血を少しくらいあげてもいいのだけど。


