やっぱりこれを第一にすべきかと、思い、試みさせてもらおうと。。。

YouTubeで読んだので、あまり信じ込んではいけないが、ある程度の路線は語られているようなので。短くまとめてみたが、光子センサーとしての細胞の仕組みは詳細に説明あり。

 

ーー 昨今、生命体がいかに量子効果を利用した存在であるか、がかなり詳しく検証できるような世界になっている。ヒトの古典的物理学では考えられないような量子の振る舞い(重ね合わせ状態、不確定、PC非対称性、波としても粒としても振る舞う、トンネル効果、エンタングルメント、コヒーレンス、桁外れの情報速度、正解能力)のおかげで、体温の熱に捕まる前に逃げ切って、この生命現象という成果を成し遂げてしまう。

しかしそんな統一運動が壊れるその瞬間が物理世界生成と意識生成なのかな。

ここがあくまでも謎だ。物理を超える。ーー

 

今日2026年7月11日、父の37回忌なのだけれども、

いきなり話は母の語るその父親の思い出話からである。

今、目の前にたくさんの朝顔の蔓が膝丈ほどに揺れているので、

長年の夢を叶えられるか、思案している。とりあえず支柱と麻縄は手に入れた。

つまり

祖父は、娘が5人もいてそれぞれに朝顔の棚を組み立ててくれたとか。

想像できるようなできないような、憧れは今でも残っている。


 

先日、ここで、ひと月ぶりのDR. Tの診察があった。

サラサラと画面を繰りながら、彼が言った、

「ほら、横浜での神経内科の初診が2024年7月8日と書いてありますよ」

あの日からまる2年経過の同じ日だった。

この日は、鍼灸につづき、発話と嚥下に関わる舌のリハビリをも

虚しく試してみようということになった。

 

文月、葉月は霊的に忙しい、出たり入ったりなのである。

そっか、或いはだけれども、あたしは亡き長男の誕生日ごろに転生するのかも。

それは1月12日ごろである。

 

あたしの長男喪失を知った同郷のSさんが、抱きついてきて啜り泣いた。

こちらも涙したが、悲しかったからではない、もう直ぐ会えるから大丈夫、

と言うことは物理的にできなかったが、涙の理由はいつも通り、

ミラー細胞の感動反応であった。

 

ところで、何と昨日になって初めて、あたしは両親の死を悲しんだ、

ドイツ滞在の2019年だか、7月11日の父の命日に、心新たに備忘録を認め始めた。

その時、神妙な気持だった。

昨日の朝方、おぼろに目覚めた時、ひさしぶりに鬱の耳鳴り。

たくさんの喋る声が地球に満ちている。

それから、ベッドで四つん這いになって体操していた、何故か不意に

昔の神妙な気持が思い出されたのだ。その時は感動の涙しかなかったのだが、

しかし今回は、笑っている父母の顔が見えて、会えたらどんなに嬉しいだろう

という思いが、会えない悲しさへ移行したようだ。

そこへ突っ伏して感情に任せた。鈍い自分に呆れるところもあった。


ところで、

横浜ではその備忘録ブログに、自分の物忘れや勘違いのエラーを楽しげに書いた、

ここではもはやそれができない、園児の中で、自分もその仲間に近づきたくないのだ、

自分のこの心情のからくりはちょっとした発見でもあった。

 

予期せぬ変化が保育園で起こった。

目立ちたがりというかリーダーシップありというか、90のAちゃんは  

同年のBちゃんをその粗暴さの被害に遭ったとして、心底憎んで言いふらしていた。

絶対的にBを避けるようになっていたのが、何と先日、二人が仲良く笑顔を向け合っていた。翌朝も手を取り合い嬉しそう、が続いていた。AはBの名札を読んで、かわいい名前ね、君にぴったりよと初対面のように、奥歯のない満面の笑顔を作った。

忘れたのか、それとも思い直し、振る舞いを意識的に変えたのか、お芝居なのか。

大きな疑問だ。

と、偶然にわかったことには、職員はとっくにAの嘘だと知っていたが介入することは難しいらしく、牢名主の一人が事実を尋ねたことにより、何らかの手が打たれたらしい。

 

笑うことも毎日ある。ラジオ体操をするとき、

まるでオケラならかくもあらんかというような、Uちゃんの動き、

あたしは笑いを堪えられずに洗い立てのブラウスによだれを垂らした、それにも笑う。

 

七夕のプラスチックの笹の葉に、短冊を下げることになった。

「ピンピンコロリをめざして日々、自分の頭と体を鍛えます。よろしくお願いします」

と書いて、主に職員へ向けてデモンストレーションした。

これは園児たちがみんな、特に牢名主の態度と権力にひきずられ、

ひたすら無能力と無為への坂道を転がっていることを暗に指している。

しかして不思議なことに最近、影響大の古株たちに対し、

職員が厳しく鍛錬を強いる態度が、顕著になってきた。

あたしは表立って何も言わないし言えない。無言のデモはしている。

 

室温27℃なのに肌寒い、おかしいなと思っていたらD看護師が現れて、

部屋が暑いかどうか尋ねた。ちょうどタイミングが合っている、

ただしあたしの剥き出しの、ぶよぶよの腕は寒い。何とか理解してもらって

退散してもらった。誰が当直かで待遇は異なる。こちらが合わせるのみだ。

誤解と理解の隙間が大きいのには、ため息をつくけれども。