20241124土曜日
MacBook Airの前から、
「これじゃあまるで谷崎の瘋癲老人日記の二の舞だなあ、もう忘れたけども」
と錐子オババの嘆息混じりの声が聞こえる。
数字の、つまりカレンダーの(金額問題も起こっているはず)判断ボケに
気づいた(気づくだけでも上等という意見もあるが)のが
11月10日、
まあ、その日のエラーは電話一本で取り繕うこと可、ではあった。
そして翌13日は昭和唱歌のコンサートに五百円の時間を割き
14日発表会当日、とカレンダーにある通り、
この夜は市原泊まりもバッチリと可能にし、
9時前の横須賀線に乗車したのであった。
出がけに郵便受けからオカリナ発表会の座席番号札が送られているのを
辛うじて取り出したのだが、こんなギリギリって危なすぎる、と思ったのであった。
それもそのはず、実はギリギリではなかった。
東京駅まで満員電車で立ちっぱなしだったので、やれやれと座って、
その番号札を見た時、錐子オババの顔色が変わった。オロオロしている。
何故なら発表会は17日と書いてあったから。念のために、というか
14日と信じていた自分が信じられなくてそれ以前のいくつかのメールを
見返してみたのだが、残念ながら、これまで14だったのが17に変化していた。
こんな頭の中が想像もつかない。
呆然としたまま千葉に着いた。流石に覚えている駅付近、
隣の京成電鉄で老人ホームや弟の家や墓に通った。
ブランチにパスタを食べたが味がしなかった、
「どうする、ホテルはどうする、このまま泊まりを重ねるか、帰るか?」
答えは出ていないが、次の案がその場所を占めた。
目の前の電車の駅名の中に、八柱霊園が見えた、この瞬間までその名称すら
思い出せなかった、通用門のある松飛台まで見えた。
その他のことは考えないまま駅員にその二つの言葉を使って尋ねた。
こんな場合錐子オババのもたつく呂律は威力を発する。誰もが親切になり
ゆっくりわかるように話してくれる。聞いたことをまたモゴモゴと繰り返し、
覚えておこうとする。
鎌ヶ谷で乗り換える時、次の総武線の同じホームでは成田行きと羽田行きの
2方向の電車が通った。すっかり混乱した。尋ねるに人がいない。
以前は違う駅で乗り換えていたらしい。
骨壷の中に押し込められている家族とはあまり時間がとれなかった。
「いつも話してるからいいよね!」
花殻と桜の落ち葉を捨てたのみだ。
母と最後にここで桜見をしたことが無性に思い出される。
陽が落ちる前に、ミセスKを訪ねてみよう、とすでに次の行動が決まっていた。
それからはとんとん拍子でことが運んだ、
ミセスKはあの可愛い笑顔も仕事も変わらず、喜んでくれた。背中が少し曲がっているが運転もしている。あの車であちこち乗せてくれた。
(もう一人いつも車を出してくれたミセスGは寝たきりになっている、彼女のことだからきっと回復するだろう)
ホテルに入ると、目の前に「全室満室」とあった。悪い兆候だ。
とりあえず、ほっけの焼き魚を食べたかったので、夕飯を料理屋で取ることに。
一人で入ることに躊躇いがないのは以前経験があるからである。
しかしほっけがなかった。それでブリのなんとかつきカシラというのが来た。
二人前ほどあったが、錐子オババは誰もみていないのをいいことにむしゃぶりついてぱくついたのである。全部は無理だったが。
翌日、昔、この近辺で、何と錐子オババが数年指導した太極拳の仲間と出会う
ことができた。指導といっても経験は浅かったので、2時間三百円という特価で、
前半は健康体操、後半太極拳の呑気な集まりであった。あの頃はまだ体が動けていた、そんな昔でもないのに自分の体たらくを振り返る。
老いは突然その追跡を速めるようだ、喜寿の頃からだろうか。
短歌の仲間とは無理だった。着物をたくさん持っている奥様が多かったので、突然来てこんにちは、という方々ではなかったのである。それもよし。
さて、時間を飛び越えて、
11月24日日曜日、7時半としよう。
錐子オババの小さな3角形のバルコニーでは
昨夜干しておいたタオル類が、珍しく乾燥した空気の中ですでに頑張っている。
つまり、彼女の視界はそのために塞がれているので、
なんとか日光を分けてもらえる干し方がないか、と考えている。
全てを自分で考え、実行し、プレスリーのリズムについ乗ってしまい(プレイヤーは息子との魚・水心が一致したので目の前に鎮座ましましている)、
エラーを犯し、対応する。
7年前までの市原市での8年間、その前の大阪での22年間、
錐子オババの日常に自由も意思もエラーもなかった。
忖度と許可制度以外を考えたこともなかった。仕事に出ていても、
特別に黒服の男を見ると心臓が恐怖で高鳴り、自動的に隠れ場所を探した。
彼女の夫は一人での行動はできなかったのに。
人生の最初の33年間、自分が人生を支配して生きていた、
そのままのペースで突き進んで、
そしていつの間にか、支配されている自分をどうしたらいいのか、
現状を理解できず、対処の方法がわからなかった。
どんなに罵倒されてもしかし、深いところではそれにやられなかったのだが、
修羅の日々、息子が傷つけられた。父親は息子にだけは頭が上がらなかったのに。
自力では心臓の動いていない夫と彼の故国に渡ったのが7年前、残念ながら錐子オババのわずかな望みは無駄になった。
彼はちっとも改善しなかった、罵る力は無くなったが錐子オババを失望させ続けた。そして呆気なく、恐れていた死の苦痛も経験せず、灰と化した。
途端に、驚き且つ有難いことに、彼の三悪の記憶が彼女から消滅した。
一瞬の眼差しの中に、お互いに愛と信頼を見ていた、ことを言い訳のように認定した。
初恋の人を、絶望の中に打ち捨てた自分の非を忘れはしないし、その人の高貴な在り様は比較するまでもなく明白でもあった。
錐子オババの80年の瞳の前を、一人で過ごす未来がまだ待っているのだが、
さて何を見て、それがあると思って、いや、実は幻なのだと思い直して、
「ドッキリとニッコリの時間を紡いでいくことになるのよね、これらがダーマさんの無限の個性の煌めきだとして」
と、錐子オババは語り手の口を自分の口にすげかえたーーーー
霜月の青空、目に沁みる、カピカピに乾いた洗濯物を取り入れて、
ふと目を引かれた、ズタズタになった原生林の中に色があったよ、
小豆色をうんと薄めた花びらが桔梗に似ている、ただ一輪のみ
空を見上げているところをあたしに見られたよ。
・・・・・・・
猫か虎か 鼻梁にシワを集めねば破顔(わら)へぬやうになりて苦嗤ひ
野の命 朝顔似なる葉のツルを手折りて生かす亡母(はは)の小瓶に
久方のバッハの調べ 主のみ業働くさまの音の数学
円覚寺の茶の実ふたつの渋緑 土に埋めて待たむ欣び
終焉へ 緑と茶色の森に花一輪小豆色わが瞳(め)とぶつかる
・・・・・・・
この北東(らしい)の角部屋の東窓には霜月、一寸の日光も射さぬ
北窓には 午後一瞬の反射光あり、30米向こうの白壁からの
同時に南西からの直射の光が どっと差し込む、窓ギリギリに
そこにあたしは鏡を置いてる 光を受けて室内に少し反射させようと
その直射光は コンクリートの岩肌に沿って元気に原生林に照る
それで彼らは気味悪いほどの大きな葉っぱになったのか
しかし瞬時に光は通り過ぎ
あたしも薄ら寒い午後に沈む さあ次の洗濯物を明日乾くように
ベランダにもう出しておこう
あたしの視界も消える
・・・・・・・・・・・
ドッキリです。
かゆい、 際限もなく かゆい 痛気持ちいい やめられないほど
何を現象しようとて、この湿疹をこれほどまでに全身に? 特に下半身にはステロイド軟膏も敵わないようだ
そんな痒みに苛まれながら、
岡潔の数学と禅の融合した自然哲学?を、この歳になってまた読み返す。根本的なこととして子供の教育について、古き良き日本文化の意図的破壊現状を憂える心からの、真摯なお説教である。
言葉を現象学的に記号論的に気をつけて使うと、言葉は感情にクッキリとした居場所を指し示す(急に浮かんだあたしの言葉っす)
彼の言葉にはある程度の信頼をおいてもいいかもしれない、なんて判断したのであります!
当然のことに、いわゆる神のことをどう言葉にして表したらいいか、
岡教授は「法」と言い表している。考えさせていただきますね。
突然の岡潔乱入となってしまった、本来の流れに戻ろう。
函館飛行をカレンダーエラーから諦め、仕返しに鎌倉を破行した
そして上記の如く11月12日ごろ、14日の五井ホテル予約を為したのだが、
この裏で
もう一つ悪巧みが始まっていた(悪巧みかどうか、そこが問題なり)
2度目の身体中発疹である。
原因はその2週間前の10月末膀胱炎用抗生物質?
あるいは10月25日から服用し始めた胃薬?
あるいは同じ頃から使用し始めたライナー?
あるいは一月以上使用していた匂い付き柔軟剤入り洗剤?
同じくダニ侵入防止剤?
など全てが、この世の便利な、より良い生活のための人工物全てが怖いものと化した。
なので、一応、五井辺りの安ホテルを当たると、なぜか超満員、
もちろん突然の客人を受け入れる日本人は皆無であって、
すごすごと帰路につく。
横浜の我が家にたどり着く前に皮膚科に寄った。
無口な爺様先生が患部よりなぜか手のひらを繁々と調べて何も言わないので、
「ここもみてください、黒いものがたくさん出来て」
「そりゃ歳だから」とニベもなく、「前回の薬が多すぎだったから、半分にしておく、来週大学病院の神経内科で見せて」と、追い出し気分満開である。
いずれにしろ、かゆい。
睡眠不足が続くが結構気持ちだけはやる気がある。
けれど暇があるとさすがにゴロゴロして時間をやり過ごす。
翌々日早朝、正しいオカリナ発表会の日に、正しく到着、
ほとんど別れたままで変化のない仲間に出会う。
恥ずかし乍らと、日にちを間違えたことを白状すると、理性的な一人が
「あなたらしいわねー」と言い、他の二人もうなづいて特に笑いもしなかった。
確かに、あたしは買って間もないオカリナを落として割るという経歴持ちだけど、
そのほかにそんな定説ができるほどのエラーを犯していたのかしらん。
わからんけど、それでよし。
彼女ら30年近く練習している。その音色には他を圧する響きがあり、
その佇まいは圧倒的だった。
六年前にあの中に混ざって「越天楽」を演奏したとは、かなりの恥知らず。
終わってから、オカリナの指導者ミセスAを捕まえた。
中心人物なのでなかなか難しいのに、あたしはいきなりドイツ風にハグしてしまった。舞台上ではあまり現実感がなかったが、目の前にその目鼻立ちを見ると懐かしくてたまらなかったのである。
ドイツでの太極拳師範、ラファエラ大天使がミセスAのCDを聴いて、痛く感動した、その話を彼女に伝えたかった。
そこにいるこの数人の女性たちの夫たちも全て、自分の人生を幸せな形に作り上げることのできた稀な人たちだった。あたしには、羨ましくて遠い人たちだった。
その翌週、ドクターKの予約11月19日が来て、勇んで地下鉄に乗る。
時間通りにことが進み、脳神経内科の受付、
「体調悪いですか?」
「はい、具合悪いです」
「ここに症状を書き込んで」
「あの、継続ですけど」
「今日は予約ないですよ、だから予約外になりますので」
がーん、またやった。ドクターKはちょうど出勤日だった。
もう何をどう考えても意味ない、どうしてかあの手製の大きなカレンダーに
間違いを記入してそれを毎日見ては計画を立てていたのだ。
力が抜けそうだった。
ドクターKも所在無げだった。彼の求めている症状ではなかったらしい。
新たに予約日を決め、便秘薬を追加してくれた。
そうとも、間違ったからこそ、今という困った状況で彼と話す機会が作られていたのだ、そじゃない?
不思議すぎる。主のみ業。
自由詩 物理哲学風 〜〜〜1〜〜〜
幻の ヒトの歴史の数万年
遂に哲理と物理 合ま見ゆらし
老化せる己に起これる4猿現象
「見ざる聞かざる言わざる 思わ猿」
光の刺激感じざる
意識生ぜず 幻を生成し得ず
即ち幻像界無く
在るは物質至高体のみ
これぞオリジナル
ヒトの見る混合世界の霧晴れて
聖愛の摂理 轟然たる合一
〜〜〜2〜〜〜〜
母が母より渡されし ミトコンドリアの唯一系
齢八十 減ずるを知る
エネルギーの生産工場閉じゆきて
唯我独尊 消滅すめり されどそも
個性の数は無限なり 無限−1 に悲哀もあらじ
ドンマイ ダン無し ナンクルナイサ 自ずと浮かぶ
我が皺に アルカイックスマイル
地球という浄土楽土の さざなみの
ドッキリを はたニッコリを
日々に記す すでにしてありがたし
極楽ならざるなし すべて
〜〜〜3〜〜〜〜
ヒトが、この意識体によって「あれこれ在る」と感じている目の前の、触れることすらできる世界は、
何と浄土と幻の混じり合った状態である
というか、実は浄土しかない
ただ我々には浄土があまり見えず、もっぱら大騒動の幻像界が大勢を占める
ただ大事なのは、それでも浄土で夢想している事
この場
この場は浄土である。それしかないから!
浄土とは、「空無(超宇宙)の物質顕現した真宇宙」という
定義で行こう!
ヒトが見ているのは、幻宇宙である。
つまりやることは一つ
浄土を見るか
見かけ上の過去現在未来+現世とあの世を集合意識で固定したものを実在と見るか
ヒトの実証科学すら同じ土台を持つ、真実の割合は大きいのだろうが。
(自由詩 終わり)
幻像界のどっきり現象、あたしの場合、、、ひどい〜〜
11月24日も夜になった
あたし、こんな馬鹿げた大風呂敷を広げて、何か真実でも見つけられるかのように、頑張って意気揚々としているように見えるかもしれない、見えるだろうと
自分でも思っている、いや、そんな楽しい自分だと思ってすらいる。
現実は
歯の詰め物がとれ、下剤が効きすぎておそらく衣類を汚しながら歩いているのさ、
臭い老婆として。
息子の家まで往復50分の運動のちょっとしたおまけ。
しかし大丈夫。
ちゃんと歯医者に行くし、皮膚科にも、体は洗うし
重曹と炭酸ガスの湯治もするし、
古いマックはリサイクルのために梱包するし、そのためのガムテープも買ったし、
ゴミ出しはほとんど正しくする、返事は書く、
洗濯もできる、干して畳んで始末する。
ただ、実は旅行前に、
たくさん持っていたら紛失するかもという老婆心から、10万円くらいを部屋の中に隠しておいたら、
見つけられなくなった。それを本当に隠したのかそれすらあやふやだ。
(ダーマさん、神さん、とりあえずはダウンです、あたしは。)
「え? だって退屈がるでしょ、錐子は ですって!」