「いよいよ、我が人生切ってのお大名旅行へ、明日は出発となりそろ。

いかに神さん、いかに〜〜〜」

と、錐子さん大見得を切る。歌舞伎も見たことないくせして。

 

その前に、日々のおこぼれをあちこち片付け、配置、話し合い。

 

第1話:急ぎ末っ子に書類を送ることになり、

しかし横長封筒はちょうど切れていた、今更ひとまとめ買うのもな~ 

第一郵便局まで行くのもな~ と寒空を眺めて、万策尽きた錐子オババは、

ちょうど会う予定だったラファエラにメールで尋ねた。

あるよ、と言う返事。

はいどうぞ、とひと束手渡されて、「1枚でよかったのに!」

「私、箱に幾つも持ってるからもう困ってて、あげることができてよかったのよ」

欲しいと思ったものを、あげたいと思っていた人に尋ねる、なんてこんな話が?? コロナ以前マインツで手広く活動していた頃、彼女はたくさん買い置きしていたのだと言う。理想の魚と水の心意気だった。

この1週間ほど、なんか神さん親切が早いっすねー、と錐子オババは

片手で拝むのであった。

 

第2話:6年前、錐子オババが車椅子の亡夫JBと共に

この地に当てもなく辿り着いて、イラン人のタクシーで

ホテルクローネに運ばれた時、近くにある、美人なウクライナ人ナディアのカフェ

まず入った。数日後に街で出くわして

どうしてかお互いに喜び合った。彼女は難民の第一波だった。

 

その後 今も終わる気配のないウクライナ侵攻のために、彼女の全親族が逃れてきて、両親、弟夫婦、息子夫婦2家族 各子供付き、彼女自身の末の子二人

という大家族同居へと、膨れ上がっていた。

 

「不要なものは何でももらうから」とナディアは言うし、

もちろん錐子オババには飛んで火に入る夏の虫、ではないが、願ったり叶ったり、

軽トラも都合がつき、

二人の嫁さんと末娘十歳が下見にきて、予定以上のものも欲しがったりして、

大いに期待していた。(ここでも神さんの手配は迅速でございました。)

 

しかし、やってきたのはナディアの恋人と末の息子十四歳、二人は余りやる気がなく、予定の半分ほどで消えてしまった。

十四歳は「明日はきっと筋肉痛だ~」と叫ぶ。

ポールハンガー、三面鏡、草花などが残された。どれも離れ難い

愛着のあるものだが横浜の方丈のルームに収容し切れない。

一方、

その前後に、錐子オババの将来の「大家」とも言うべきスザンネ

自作の詩を朗読しにきてくれたのだが、それがまた感動的な出来だった。

パートナーの八十歳のマルティンがギターで伴奏した。

彼女自身は、いわゆるアラカンで、学士号がありながら、

生活の基盤が常態的に築けず、経済的にはマルティンに負っていると言う。

 

その後、また来てくれて、貰い手のなくなった草花のうち

何年も花が枯れない面白いサボテンちょうど花満開の多肉植物(日本語もドイツ語も名前が行方不明中ーー数時間後にすっと出てきたカランコエ)を養子にしてくれる。

 

それを抱えながら、立ち話で、人生観をさらけだし合った。

北ドイツ出身のスザンネは確かにフランス寄りのこの地域の住人の特性とは

異なっているのが物珍しく、

何よりも「神」の定義と対応が、錐子オババとほとんど同じだった。

勿論エゴとも言うべき彼女の自分意識は強い、そこは錐子オババの弱みのようだ、

自分がどうしたいかわからない、希望はあるが本願ではない、

錐子オババにとって、自分がどうしたいか?、と言うのは正しい問いではない、

どんな理想の存在でありたいか? と問うてもらうと助かる。

(さてさて、ポールハンガーはやはりまた持って帰るかな、三面鏡の行先は神さんにお任せしますよ。三面鏡の思い出、ご存知でしょう)

 

 

第3話:ほぼ6年間それと知らずに運よく、

エラーを抱えたまま生き延びてきたことが、今になってバタバタと判明し、

錐子オババの心臓がまたもや動悸を撃ったのだが、

(ここでも神さんの手当ては何だか素早かったのよ!)

ある意味生活の中心である通信網の、その配給会社のアカウントの

誕生日が間違って記載されていたのである。

 

あとひと月に迫った引越しを前に、ネット接続の解約届を出そうとして、

ある部署がやっと通してくれなかったので誤記がわかった。

この手の仕事はヤンに頼んでいたのだが、彼はもう帰宅してしまって

いたので自分で対処せざるを得ないこととなった。

 

電話に耳をそばだて、霞む目に目薬を差しながら、やっと情報の海の中に、

コンタクトメールとその送付先を、指示に従い見つけ出し

準備していたパスポートの写しを送信した。これでいいかと思っていると

即SMSが新たに届いた。

挨拶云々があり、この「通用」番号で云々、とある。

そうかここに電話するのか、とクリックすると電話できそうな気配、

電話できたが、「この番号は使われておりません」 

そこでSMSの頭にあった電話番号にかける、するとまた拒絶された。

ハタ! これは詐欺か! すぐに錐子オババのこの回路が働き、

すぐにメールを別に書き送った、件名「詐欺でしょうか?」

 

しかしそのあと、ふと浮かんだ

(通用番号 って何? 電話番号ではなかったのかも)

あとでラファエラに尋ねてみたところ「変な言葉使いね、件名という意味でしょ」

とのことで、

翌日にはもう誕生日が訂正されていて、正しい通知メールも来た。

常に、詐欺への不安!

 

この件で、念の為と思って

銀行のIBAN番号を準備しておこうとして、それを長年メモして鞄に忍ばせていた

紙切れを取り出して見た。普段は銀行からのお知らせを見て使っているのに、である。

そしてそこにはその番号の不完全なメモしかなかった。

手書きで訂正。

 

しかし本命の解約仕事のために一人で、真冬並みの寒さの中

マインツにあるH銀行まで出かけた。

しかもこれは

4月20日にぎっくり腰を起こし、ラファエラの指圧を受けて

徐々に快方に向かった24日のことである。途中で温湿布を買ったのが

よく効いてくれたが、一部火傷を負った。

にしても斜め川氏と協働で、日独の仕組みに合わせた解約計画を立て、

うまくできたかと思ったところ、

日独での錐子オババの名前が異なるのを伝え忘れていたし、

帰国日を境に銀行への届出住所も変わることを考えにいれていなかった。

文殊の知恵には3人必要ということらしかった。

とりあえず間違いに気づいたのはよかった、と忘れっぽい頭をカキカキ思う錐子オババでありました。

 

(一つだけ、文句なしの神さんのなさり方があってね、駅の大きな本屋に足を踏み入れたところに、フランツカフカの顔写真があったのよ、特集の雑誌が。その裏には例の不条理劇が舞台で上演されるという宣伝。お母さんね、10年間くらいその文体研究に勤しんでいた頃があったから、知らないよね、ヒロくん、

知ってるか今や。出会ったらゆっくり全て話そうね。)

錐子オババは泣き笑いしながら、天国にいる長男と語った。

彼はハイ、と返事して静かに微笑んだ。

 

第4話:同じ4月24日、満月の夜だったか、その朝まだきいつものように

屋根があり布団があって、眠れたことに錐子オババは感謝していた。

 

(こうして普通に生活できているのは主に、舅のアントンアドルフが若死にするほどに仕事した その結果の直接の影響だよねー、そういえば。孫も見ずに亡くなった。あ、あたしったら今頃このことにしっかりと思い当たったんだ、呆れたわねー 孤独死した姑も、二人してゼロから立ち上げてきたのだ。)

自らの両親もその上の祖父母も全ての祖先も、

突然そこに感謝すべき存在として居た。3日後、何となく、

JBの墓参りに行くことにした。

晴れた空に雲が湧いてきたのは知っていたが、それがあられを伴う時雨となって

錐子オババの頭上に降ってきた。傘を持っていたと思っていたが実は忘れてきた。

 

それでも負けずに、JBの灰のある木下に濡れながら居て、

声にならぬ言葉を伝えた。義父母の墓はもう市に返してあったので、

名前を呼び、

「さあ、ここへ、一人息子と一緒に楽しく過ごしてください、ここで」

と招待した。突然浮かんだアイデアだったがそれはしっくりと合致した。

そこでさらに言い募った。

「あなた方の唯一の孫、唯一のひ孫、是非是非見守ってやってください、遠距離はなんということもないでしょうから、それが何よりですよねー」

 

突然雨は止んだ。そして遅まきながら

(あら、あたしの愛が足らなかったことを謝るのを忘れていた、愛を欲しがってばかりだった、ま、それもいいか許してくれるだろ、喜んで愛してくれるだろ)

 

追加:いつまで経っても埒の開かない光合成の謎、最近の知見で、

ある段階で微生物(生物、命)が関与してるらしいと。

なんてすごいんだろ、叡智の仕組み、手品のようだ。

どれだけ小さな命があることか。命の発端はどこに??