「朝夕に自害する生活」

 

錐子オババ のカレンダーに、二月、何も書き込まれていない。

手持ち無沙汰、とはこういう感じだったのか、と

JBより2日前に亡くなったドレスデンの学友の所有だった本を

消化していくこととなった。

 

森鴎外全集 昭和47年発行より 適当に書棚からいただいてきたら

歴史もの とりわけ 細川家の名君の頃の短編がいくつか

若い頃にも読んだ時には 飾り気のない文章に気を取られていた

50年後に一驚のオババ 

侍が名誉のために(慣習ではあるが)三度の飯のように

死と慣れ親しむ生活をしている

家族も世間も頻繁な命のやり取りを当たり前と受け取る

 

野蛮といえば野蛮、恬澹たる心境には讃嘆の念がわく

人間ここまで自分を律することができるのか

もちろんこれは小説 とは言え史実に則っている

 

死の概念を変えること 曲がりなりにもそれがオババの探究生活の一目標である

切れ味鋭い真剣と共に暮らすには 死より重たい命の価値を

例えば名誉、祖先、家に置く 

そのために堂々と死ぬことに葛藤はなかったと見える

それが生の完結であったし誉の死であった そんな社会化

 

軍医森鴎外はそれをコンコンと説いているようだ

 

 

 

   「2月20日 多分新月 驚き4連ぱつ」

 

我らに実体はなく 仮初の意識と情はある

だがどこか びっしりと満たされない心あり すなわち魂

 

この日 文句のつけようのない青空

最近訳のわからなすぎの 市営から民営になったらしいバス

路線図をなんとか手に入れた

路線バスツアーを一人でやろうというのである

終点まで乗っていくだけ

 

201は予定通り来た 驚いたことにまたいつものインゲがいた

錐子オババ はおかしがって大いに笑うあまり

日差しが強いのでマフラーを外し 手提げに入れようとして

猫の仔のように長いものに巻かれてしまった 

まああんたは とインゲが手助けしてくれた

 

さらに驚いたことに

201は駅に着くと 突然205ないしは215になって

墓場を通る短い区域を 右左回り交互に一周するのだそうだ

呆れた

また駅に戻ってきたではないか そういえば前にもやった

 

204が 行ったことない方向らしいのでこれに乗る

なんと美しい区域 小金持ちたちが戦後建てたらしい やや古い凝ったスタイル

時に葡萄の丘が現れる 短く枝を切られたままであるのを見る

小高い終点で その先にはもう人家がない 野っ原だ

 

すると驚いたことに 馬らしいのが見えた

しかし牛のような体型をしている かなり遠いところに3頭いて

各自一度はこちらをじっと見つめる

普通の馬ではない、毛がふさふさしてもっこりしている

口笛を吹いてみるが 聞こえたのかどうか

こちらに近づかれても困るのだが

 

30分ほど馬にかまけてから正しいバス停があったので正しく待っていると

まだ時間じゃないのにもうやってきた

この辺り、家ばかりで人の姿が少ない 小麦村というらしい

墓場もあるしパン屋もあった

駅に戻り しばらくベンチで日光浴する

日本だったら幾ら久しぶりでもこんなに盛大に顔を晒さないだろう

 

さらに201に乗って帰途 ここでも終点の城砦近くまで行く

降りたところのバス停は道の右側にある(ドイツは右側通行である。日本とは逆だ)

しかし乗るためのバス停がない!?

しかし数人の老婆がいるのでこれを使って戻っていくのだろう

 

向こうの広場にはバスがすでに止まっている 時刻を待っている

しかしまだ時間ではないのに 急に発車して 

このバス停のある方へ角を曲がってこずに 左へそのまま一直線に走り去った

えー 

どうしよう まあ歩いてもいい距離ではあるけど?

 

しかし老婆たちが動き出した バス停に集まる気配だ えー? 

間も無く 驚いたことに 左へ走り去ったバスがどこかで

一回りして左からバス停へ上がってくるのが見えた

なるほど そうでなくては入り口から乗れない(バスの入り口は右側についている)

 

小さな旅行 4驚あったので 軽く受け入れて 興味深かった

錐子オババ の頬が乾いていた

 

 

 

   「YouTubeを見る暇がある!」

 

テスラ とかいうアメリカ人の天才が1から9までの数字をこねくり回して

これらの数字の不思議を発見した話 それは図形とも密に関連しているとか

最後に 9=0 と謎の式が!

1時間は3600秒 この数字を単純に足すと 9

1日は1440分 これらを足すと 9

1週間は604800秒 これらを足すと 9

1月は云々 となるそうだ

9は万象の関係を表すのに対し 0は。。。

というところで 残念記憶消失 everything = nothing とかだった

 

その次に 以前にも絵を載せたことのあるホログラフィック理論の教授が

訥弁で

超弦理論にいう ゴムの輪みたいな(これは錐子オババ の比喩)ピコピコ

一つ一つが素粒子 だというのだろう

その動きは 口を縦に開けたり 横に開けたり という感じ(これも私的比喩)

それが可能な条件は3次元では無理なのだそうだ つまり想像を絶する

しかも この微動が重力となっていく 予感(確かそう言っていた)。。。

というところで 残念眠気に勝てず 

いつか そのうち

 

最近 やっとできるようになった朝の瞑想を

地球の無機質存在に対しての祈りに当てようと思いつくことができた

なかなか歩みは遅い

自らを浄化してもらい 他利を願う もうそんなことしか企てられない

 

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0221  神と居て何にも恥ぢず怖るなき一歩のさきの空あを光り

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