0613土曜日

きのう、ゲームについて書いた悪口は、状況に流されていて公正でなかった。この産業に従事する労働者も会社も提供することによって利益を得なければならない。その高の是非は別としてやや一方的な批判をしてしまった。

 

0614日曜日

できるか、書けるか、意味あるか、どうかは不明ながら、おかしな展開に注目してみよう。

錐子オババの嫌な夢2つの一つ、ここに至ってもなお、授業の準備不足への不安、

或いは知らない教科を教える計画を実行すべき、遅刻しそう、或いはその教室が見つからないなど、不安・焦燥・罪悪感・自己否定に満ちている。

これをまだ持ち越している? 癖になってるだけ?

もう一つとは、夜闇の中で子供達を探し回る最悪の夢。長く見ない。南無・・

0615月曜日

これとは別に、思いついたアイデア:

リアルに起こったネガティヴを忘れる、つまり無かったことにする・乃至は

「実はそもそも存在しない!」となるのだが、

そのネガティヴが消えるとは、実際脳の神経細胞が消える、壊れることではないのか。

或いはベータアミロイドにやられた、実質的に(すべては地球上での幻像の話!)。

つまりそれがあたしにその部分で起こった。物忘れ老化的認知症の進行を記録することにもなるのかも。

で、きのう触れたまだ忘れていない?、起こってはいないのにリアル感ある

不愉快な夢はまだ消えていない、ないしは記憶のコラムに何かが起こっている。

 

短いアイデア:

*周囲の宇宙は、人間が生み出した幻とばかりは言えない、それはもどき、

つまりオリジナルがある、まったく違う形態のオリジナルであろうとも

*喋れない、喋るなということ。それ以外の方法を重視

*自分が考えたことをまともに受け取るな

0618木曜日

30分が過ぎるのが速すぎる、そう感じたので考えてみると、

庭や外界を眺めて飽きもせず嬉しく感嘆して立っている、

気が向けば片足立の運動をしながら、その時半時間が経っているみたいだ。

 

半時間が一かたまりの時の流れ? 昔、一刻が今の2時間であったとかだが。

 

今日は、いかにも梅雨らしいしとしとの雨降りである。空気が湿って肌にしっとり優しい?柿の実が青い丸さを見せているのも素敵だ。

ゴーヤの葉の縁から、百日紅(さるすべり)の葉のいたる所から

奇跡の水玉が煌めいている、泰山木の花がまだ咲き続けている、

 

雑草として捨て去られそうだった繊細な葉が、案の定フウセンカズラだとわかった、

まだ生きのびてくれている。

風船の中にはタネが3個入っている。あたしの3人の息子のように。

 

横浜のバラ園で貰った一枝から根付いたクリーム色の香り薔薇が

それぞれに開花しようとして、すでに芳香を漂わせている。

写真を撮ろう、香りをかごう。

と、我を忘れていたところ、新種の蚊に10箇所もやられていた。

皮膚科のクリームあり。

 

水も 緑色の光合成も 実は高度な奇跡、というか量子の摩訶不思議な働きの結果、

というか、これぞ量子の、摂理の根源の真正の動きなり。

 

雨に濡れそぼったゴーヤの黄花、そのひとつが少し後ろに瘤を持っているように見える。

はた、女花かと、すぐに近くの雄花をむしり取り、こすり合わせようとして、

同じ芯の色なのに気づく、が、瘤ゆえに、ともかく試しだ!と

擦り合わせてゲイ行為を強いた。ヒャーと叫んでいるかもしれない。

 

朝食を運ばれて、ありがたく頂きながら、嚥下できなくなるとは、

もう食べるな飲むな、この世の役割おわり、次の仕事へ移動せよ、との

成り行きに他ならないことがわかった。

ストローで何かを飲もうとしても、できなくなる。まさに押しても引いても、

なぜか上がってこない。物理的理由がわからない。


 

暇人の極みである備忘録に、今日のあたしのスタイリングを描いた、何故なら? 

ズボンを履く気がしなくて、ロングスカートを着たからだろう、

できるだけ何気ない青のハイネック半袖シャツと。

 

急に雪のように 雨足が繁くなり ほぼ世界を白く染め始めた、素敵だ。

川たちよ頑張って 氾濫するな。

紫陽花も盆花も睡蓮の葉もうなづいている。

昨日の豊かな鍼治療の体験によって、体に心に何の支障もない、

強いて言えば、便秘ぎみだが、排泄物が少ないのかもしれない、

体重はついに57キロに達した。爾来10キロ減量と言える。

 

話は変わるが、大抵の場合、マスクで隠している半分と見慣れた半分は、

とつぜん揃うとその齟齬に驚かされる。たいていはマイナスだ。

現れてより魅力的な半分の持ち主は、現在一人のみ。

そのヒトであるKS君、前回はクモの命を「保ちつつ逃す技」をみせてくれたのだが、

一昨日の夜、

何と錐子オババそのひとが、同じくカニの命を保ったのであった。

手に持つは小さな箒一本、蟹は5センチほどもあり大きな赤い鋏を装備していたが、

箒で弾き飛ばされても硬い甲羅が彼を守る仕組みだ。

どこも手足に支障のない要支援1の錐子オババは、ホール中を追いかけ回して、

ついに玄関のガラス戸から放逐するのに成功したのである。ここらのボス蟹を。

このために毎晩太極拳を稽古していたかのように。

 

太極拳と職員との可笑しい逸話、「あれ、ね、どうぞ」と省略記号で

表現するのみならず、その際に両腕と拳で、ちょっと猫パンチのごとき、

仕草を追加する人が多い。(ちょっと違うんだけどなあ)と思って笑いをこらえながら

「はい、どうも」と練習場所へ戻っていく。

 

「おはようございます」とか、「ありがとうございます」が言えない。

涎があふれて、唇のところに幕を張るのである。想像し難いと思うけれども。

なので、どうも、ですます日:

やや、寂しい。人の輪に入り聞いたり笑ったり話したりしたい。

しかし、考えるまでもなく、それはいつも無理なあたしだった。

今、それが機能の面からできないのをいい理由に加わるのを諦めているが、

実は、加わっても喋れてもあたしは無理なタイプだったのだ。

これをしっかり認識するように。

 

おや、急にどこからか日差しが外界を明るませた、天からに決まっているが。

ここで作歌。省略。

 

今日の喋れなくて悔しかったこと。やはり日々そんなことあるわけで。

鬱ではあるが普通の付き合いができるはずの、症状が似ている女性に、

「昨日はスイカが食べれなかった、でも今日のメロン食べられたよ」と言いたかった。

でもそのために自分にかける労苦が重すぎたし、

苦労した甲斐があるとは大いに限らない。

もうひとつは、例のKS君に、蟹を救い出せたことを話してお礼を言いたかった、

彼が蜘蛛を箒で救い出す見本を見せたのだ。

しかし彼も他の人に劣らず、はやとちりなので話が通じるとは思えず、

メモにすると長くなるしで、言い出せなかった、

いつか静かな落ち着いた時に恵まれたら、、、それもありえないか。

 

0619金曜日

どこのグループにも理由はどうであれ何らかの格差がある。

幸いここでは、非常に愛くるしい十年選手と娘たくさん母さんの二人組が、

牢名主のように振る舞っていて、気に触ったり面白かったり。

5、6人の雑魚たち(彼らの扱われ方を見ての表現)を侍らして、

彼らに対するちょっとした配慮を受け持っている。

あたしは変な新人だし、話が通じないので外枠にいる。

外枠には104歳を含む手のかかる痴人とうつ病がいる。

 

今日はおかしかった、雑魚たちもすでに席につき食事を待っている。

会長二人は最後まで特別席にゆったりと座っていた。テレビ権ももちろん所有している。

ふと見ると、彼女らの席が今日はすでに無くなっていた。満席だったのだ。

二人はもっと上座の特別特等席へ案内されて、戸惑った顔でしずしずと進んでいった。

あたしは思わず拍手してしまった。悪気では毛頭ない、

職員みんなが上座へと大袈裟に手を広げているのもちょうど彼らが日々眺める

水戸黄門みたいで、あたしには実に我が意を得たり、で楽しかった。面白かった。

本当に悪気は全然無かった。上座へあたしも彼らを押したのだ。

 

いいんじゃない? こんな生活賜って、あたしったら。