Antony & The Johnsons 『Swanlight』 2010年10月13日発売
PCD-93577 P-Vine Records
Antonyは非常に素晴らしいシンガーであるが、それだけでなく優れたソングライターでもあることを確かに証明した。いや、そういうことだということにやっと気がつくことができた。
今作『Swanlight』は前作『The Crying Light』の対極にある、陰陽の「陽」にあたるアルバムである。しかし、なぜそれが「陽」なのかわかるかというと、必ずそこに「影」があるからなるだ。
ストリングス中心の旋律にかぶさるAntonyの美しく、繊細な歌声。普通ならそれだけで十分なのだが、だがそのうらでかすかに流れ続ける不協和音。深く沈んだかと思えば一気に浮上し、そしてまた沈んでいくその曲調。落ち着くことないその変化にとても不安な気持ちにさせられる。不快だと思う人もいるかもしれない。
いってしまえばこれは彼の心の正確な模写なのだ。いや「彼の」と限定すべきではなく「人間の」というべきか。安定することなく揺れ動く、些細な衝撃で壊れてしまいそうなほど脆い。あるものを愛でながら一方で何かをひどく忌み嫌うという、対立した感情が共存しうる人の心。それに真剣に向き合い、それがまとまろうとこんがらがっていようと関係なくすべてを曲としてCDにまとめるという一種の独白、それがこのアルバムである。ある意味では赤裸々ともいえるし、一方ではごく自然であるといえる。
深く深く他人の精神世界の中へもぐっていくことは非常に難しく、もしかすると一つも楽しいとは思えないかもしれない。だが、何度も何度も自分の意識がシンクロできるまで聴き続けることができれば、おそらくはそれまでのつらさが何だったかのようにすんなりと受け入れられると思う。なぜならば彼はいつだって我々人間のありのまま姿のことを歌っているにすぎないのだから。