na0の転がる石 苔まみれ

くるり 『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』 2010年9月8日発売

初回限定版(『言葉にならないDISC』スペシャルDVD付);VICL-63550+VIBY-497/通常盤;VICL-63550

Speed Star Records(Victor Entertainment)


くるりはずるい。だってこのアルバム、もし作ったのがくるり、というか岸田繁じゃなければ全くもって「アーティスト性」を持たないアルバムだからだ。いや厳密にいえばアーティスト性をもたないということではない。確かにそこにはアーティスト性があるが、しかしそれは「岸田繁以外には表現が許されない」ものなのだ。仮に『ワルツを踊れ』と『魂のゆくえ』がそれぞれ真逆の方向に岸田繁のアーティスト性が振り切ったもの(数値にすれば『ワルツ~』が+120、『魂~』が-120)だとすればこれはそれがどちらの方向にもない、あってもわずか(数値にしても+15から-10程度)なのだ。


例えば、2曲目『さよならアメリカ』をきいて「これは普天間問題に対する岸田の不満だ」という人もいるだろうが、でも歌詞を聴けばなんてことはなく、誰にでも思いつくようなしょーもないことだ。5曲目『温泉』だって子供にしっかりと湯船に浸かってほしい父親がぱっとその場で歌ったような歌だ。


いってしまえば「鼻歌」に近い。ぱっと朝見たニュースや朝の某連続テレビ小説が記憶のどこかにこびりついて、日常のふとした瞬間、それこそ洗濯物をを干す時や散歩中に犬を見かけた時にそれらの記憶がサブリミナル的にふっと浮かんで口をついて出た、音楽ともいえない単なるつぶやき。決まったメロディや歌詞なんてない、即興で作られた、どこかで聴いたことのあるような、でもそれでいて完全にオリジナルで、2度と同じものの生まれない鼻歌。それがこのアルバムを貫く根柢のイメージだ。


タイトルもちょっと考えてみれば「言葉にならない」というよりは「言葉にしようとした瞬間に感覚の外に置き忘れてしまった」ような幸せ、でも確かに心のどこかに残っているそのほっこりとした気持ち、それのおかげで自然にでてしまう「笑顔を見せてくれよ」といったところか。言葉にするとわかりやすいがでも言葉にするほど野暮ったいこともない。


長々と書いてきたが本来レビューの必要のない作品だ。しっかりとしたステレオの前でどっしりと構えて聴く必要はなく、寝そべりながらでも、本を読みながらでもいい。聴いていて自然に笑みがこぼれたとしたらそれだけで十分だ。ただできるなら聴き流してもいいから繰り返し、何度も何度も聴いてほしい。そして自分の身の回りにあるものや普段目にするものにどこか一つでも美しいと思える部分を見つけてほしい。それだけで生活は、世界は大きく変わるはずだから。