織田信長という戦国武将のスゴイところは、桶狭間の戦いにて「自ら先頭に立って」今川陣内に斬りこんでいったことだと思います。家臣はその姿を見たら、やはりやる気がでますよね。
一方で、今の日本の組織はどうでしょうか。
日大アメフトの組織は良い例です。
私は2013年に独立しましたが、仮に大将が信長のような人だったら、おそらくは独立を断念していたと思います。いや、独立する理由がなくなっていたかもしれません。どうも、日本の組織は階級が上にいくに従い、ダメになる傾向が強いです。本来であれば、上にいくばいくほど仕事の重圧は高くて苦しいものです。ゆえに「報酬」が高くなるのです。にもかかわらず、堕落してしまう人が多いのです。そして、価値をなくした過去の経験をふりかざし、部下のやる気を低下させている無能は管理職の存在が日本の競争力を低下させているものと考えます。
彼らのポジションは一定の保証があり、部長になれば簡単には降格になりません。且つ部長というポジションはマネジメントが主で、自ら手を動かすような機会が減ります。当然、部長は部長の仕事に専念するべきであり、部下の仕事を部長がやる必要はありません。が、部長というポジションは部下のやる仕事も出来るのが当然であり、それがマネジメントが主で手を動かしていないから実務が全く出来ない、のであれば部長としての適性はありません。
つまり、ときに戦略を立案したり陣頭指揮をとるものの、必要に応じて信長のように自ら先頭に立って実務をこなせる人が、僕の理想とする管理職です。たとえば、一流ホテルの料理長が、隙間の時間にトイレを掃除したり、キッチンでお皿を洗える度量のある人です。組織のトップがやらなければ部下も出来ません。組織をマネジメントするということはそういうことです。営業部長なら、自ら電話かけてアポをとって訪問して受注して、の流れを回せるかどうか。普通の部長ならそんなことやりたくありません。人に頭を下げることも嫌がるでしょう。でも、それが出来る人であれば部下はついてきます。
もう一度言います。
管理職は「管理」や「指示」だけでなく自ら率先して動きます。
全ての領域が出来るから管理職なのです。
最前線で現場主義、極端な話、オフィスに落ちているゴミを拾えるかどうか、なのです。
時代が求めているのは
ゴミを拾える管理職の存在であると信じています。
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