真剣
真剣に生きたい
19年前の7月、病室から花火をみていた
あのときの気持ち
退院したら思いっきり、真剣に生きたい
10年でいいから生きたい
当時、子供が5歳と8歳
二人が高校生になるまで生きたい
天に向かって誓った
人を助けます
人のために生きます
私は役に立つ人になります
だから私を生かしてください
あのときほど真剣に天に誓ったことはない
あれから19年
私は真剣に生きているだろうか
あのときの自分に恥ずかしくないように
自分で自分を欺かないように
すこし自分に厳しすぎるくらい戒めた
でもそれにも疲れた
これからはそうやって厳しく戒めるんではなく
もっと生きることを楽しもう
やっとそう思えた
真剣に生きないとだめだと自分を戒め続けた
20年目の今、自分を許そう
そんな責めなくていい
そんな厳しくなくていい
もっと楽しく生きたい
子供の結婚を機にやっとそう思えた
新しい家族が出来て笑顔が増えた
もう私は十分がんばった
そう自分を褒めてあげたい
一人旅
一人で高野山に行ってきた
宿坊を予約しただけであとは風まかせの旅
テレビ、携帯のスイッチをOFFにしての時間
心地よかった
普段はいろんな人や物との繋がりを噛みしめて
生きている
でもそれがときには執着になったり
エゴになったり
不安にもなる
本当にこの状況がそこまで必要なものなのか
ないと生きていけないと思っているけど
実は無くても大丈夫なもの
そこまで必要なものではないものに
縛られている自分
自分を断食したくて
一人旅に出たんだと帰ってきてから感じた
高野山の1200年前の世界
あまりに壮大で偉大な自然と神聖さに圧倒された
とても観光を目的に行くところではない
命がけの修行の神域
私を生きる覚悟が出来た
感謝は最高の浄化
感謝すると身体がすっきりする
頭のモヤモヤが晴れる
「ありがとう」
身体の感覚でも感謝をしているときが一番楽
ガンになったときもひたすら病気に感謝した
身体を自分を家族を大事に出来なかった自分に
気づくチャンスをくれたのがガンだったから
ありがとう。と心から思えた
気づかなかったら大変なことになっていた
感謝すると囚われずに気持ちよく
「さようなら」出来る
嫌だ。辛い。と言っていると
いつまでもそこから前に進めない
他にもやることがいっぱいあるのに
そこに囚われて縛られて大事な時間を無駄にする
みんなそれぞれの都合で生きている
自分の波動とぴったりの人を探すことより
自分の波動を高めた方がいい
そもそも魂を磨くために生まれてきたんだから
魂を磨くのに必要のない執着はさっさと捨てる
難しいことを考えずに自分が気持ちよく生きる
気持ちよく呼吸する
気持ちよく、穏やかに、安らかに、静かに
感謝と愛に意識を向けたとき
自分の魂が遺憾なく発揮される
魂の磨きに妨げになる執着を浄化するには感謝が一番
親からの暴力も私を生み出してくれた感謝に変える
あの人がいなかったら私は生まれることが出来なかった
私の親なのに。という囚われを捨てて
私をこの世に生み出してくれてありがとう
意識の中では「さようなら」
ちゃんとご飯を食べさせてくれたことへの感謝
それ以上のことを今さらいろいろ言ってもしょうがない
何かに囚われてしまうときは自分の浄化が必要
自分への感謝が難しいけど一番効果がある
一番自分を大事にしていないのは自分なのかも
と気づく
人や物がやたらに気になるのは自分への愛が
まだまだ足りないから
これでもか!ってくらい自分を愛して
自分に感謝してみる
深呼吸する
自分が生きてることに意識を向けて感謝する
それが楽しむという感覚
感謝すると楽になる
感謝すると楽しくなる
感謝すると優しくなれる
感謝すると許せる
感謝すると落ち着く
すごい世界がみえてくる