利用目的が変わった寝台列車文化 | yasashiiakumaの徒然紀行

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テレビ東京系(ローカル路線バス乗り継ぎの旅、出川哲朗の充電させてもらえませんか? の大ファン)

JR九州の寝台付き豪華クルーズトレイン『ななつ星in九州』が営業運転を始めてから、間もなく10年を迎えます。2000年代後半から、寝台列車を含む夜行列車の利用目的は"単なる移動手段"から"完全に旅そのものを楽しむ"ことへ大きく、変化しています。現在、唯一残る毎日運行の夜行列車は『サンライズ瀬戸』(東京~高松)と『サンライズ出雲』(東京~出雲市)だけ。まず、廃止された年がはっきりとは分かりませんが、ここ15~20年くらいの間の寝台列車、夜行列車の変遷を振り返ります。

 

廃止になった夜行列車

2005年:寝台特急『さくら』(東京~長崎)、寝台特急『あさかぜ』(東京~下関あたりまでだったかな・・・)

2006年:寝台特急『出雲』(東京~出雲市)

※現在、定期列車として残る『サンライズ出雲』とは運行経路が異なり、ブルートレイン『出雲』は京都から、山陰本線へ乗り入れていた。

 『サンライズ出雲』は倉敷まで東海道本線と山陽本線を走り、倉敷から伯備線を通って山陰に出ている。

2008年:寝台特急『銀河』(東京~大阪)、寝台特急『なは』(京都か大阪~熊本?)、寝台特急『あかつき』(運行区間は覚えていないが、『なは』と併結していた記憶が・・・)

2009年:寝台特急『はやぶさ』(東京~熊本)、寝台特急『富士』(東京~大分)

           夜行快速『ムーンライトながら』(東京~大垣)や『ムーンライトえちご』(上野~新潟あたりまでだったか・・・)が、不定期運行列車となる。

2010年:寝台特急『北陸』、夜行急行『能登』(いずれも東京~金沢)

2014年:寝台特急『あけぼの』(東京~青森 ※日本海側を経由)

2015年~2016年:寝台特急『トワイライトエクスプレス』(大阪~札幌)、寝台特急『北斗星』(上野~札幌)、寝台特急『カシオペア』(上野~札幌)

           寝台急行『はまなす』(青森~札幌)

2020年:夜行快速『ムーンライトながら』の臨時列車運行終了で、完全に廃止となる。

 

特に2010年以前のことははっきりと覚えておらず、記憶が完全に風化していることから、夜行列車が消えるようになったのは遠い昔の話なのだと感じさせられました。それにしても、あの『トワイライトエクスプレス』や『北斗星』、『カシオペア』といった、移動の時間そのものを楽しむ列車までもが北海道新幹線の開業を目前に廃止になってしまうとは、いつ思ったことでしょうか。東海道線のブルートレインが全盛期だった頃、首都圏と関西・中国・九州地方との間の往来は夜行が主流と言って良いくらいでしたから、21世紀のはじめはまさに、人々の長距離移動の在り方が変わる時期であったのかと感じています。

 

だが、『サンライズ瀬戸』や『サンライズ出雲』が唯一の定期夜行列車として残っているだけではありません。2010年代後半には、旅を楽しむための豪華なクルーズトレインが次々と登場。現在も、チケットの確保が難しい人気列車として、君臨し続けています。

 

[JR東日本・JR北海道]

・TRAIN SUITE 四季島

非電化区間の多い北海道での走行に対応するため、電車で走るモードと気動車で走るモード両方を備えています。青函トンネルの自走での通過も可能であることから、在来線の車両に乗って青函トンネルを通れる唯一の列車にもなっています。

 



・カシオペアクルーズ

定期運行終了後も引き続き、団体専用のクルーズ列車を中心に使用されています。なかなかチケットが取りにくかった展望スイートも健在です。

 

[JR西日本]

・TWILIGHT EXPRESS 瑞風

関西圏と山陰を結ぶ、寝台付きのクルーズトレインです。『トワイライトエクスプレス』の名が付けられている通り、車体の色も、あの『トワイライトエクスプレス』を踏襲しているとのこと。

 



・WEST EXPRESS 銀河

117系という、通勤型の車両を改造することで生まれた夜行寝台列車です。関西圏と中国地方の間の電化区間を走りますが、希に四国まで行くことも・・・。

 

[JR九州]

・ななつ星in九州

機関車と客車から成る、九州を周遊することを目的としたクルーズトレイン。

実は1月に放送された『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』にも、登場しています。

 













せっかく乗るのなら、移動の時間そのものを存分に楽しみたいもの。移動手段としての夜行列車、寝台列車はほぼ姿を消したものの、令和の時代になっても、新たな形で夜行列車や寝台列車の文化が存続してほしいものです。