三鷹跨線人道橋 | 東京だよウオッカさんのオレ流日記’24(ツーフォー)

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先月に「東日本旅客鉄道」(JR東日本)の「中央本線」(中央東線)の三鷹車両センターをまたぐ「三鷹跨線人道橋」(みたかこせんじんどうきょう)が話題になっていたので、今週は三鷹跨線人道橋について語るのれす♪
この跨線橋は1929年に三鷹駅から西に向かうとある同地域を南北をまたぐ橋梁として架橋されました。
その後、小説家の「太宰治」(だざい おさむ・故人)さんがこの跨線橋から「富士山」を眺めていたと色々なマスコミで紹介されていました。
2002年頃から数年間だけ鉄道模型屋さんの「トリオ商会」(現在は閉店)に「ウインドーショッピング」をしてから、この跨線橋に上がり、走行している「201系電車」を中心に眺めていました。
その後、2005年6月に三鷹車両センターで開催されたイベントで、なかなか入ることが出来ない同センターの見学に行きました。
その時に、行列がこの跨線橋まで伸びており、行列に加わって約30分間待ちました。
やっとのことで、同センターへ入場しました。
ちょうど、国鉄色の「ボンネット車両」(画像は485系電車・三鷹車両センターにて撮影)等が展示されており、いつもの中央本線とは違った面々でした。
※余談ですが、当時の「あずさ」に使われていた車両が「181系電車」だったため、現存しておらず、形状が類似している485系電車に「白羽の矢」が立ち、代役を務めました。
帰りに、当時勤務していた会社の先輩と合流し、「中野駅」まで行って、北口の近くにある店舗で「担々麺」を食べた思い出があります。
現在は、この跨線橋は渡ることが出来ませんが、2年後かけて撤去されるようです。
それぞれの三鷹跨線人道橋の思い出、いつまでも大切にするにゃん☆