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今日のこだわりはトスカの初稿だ。このDVDブック「世界文化社オペラ名作鑑賞第10巻」に収められた二種類の演奏は通常の改訂版版によるものだが解説書に永竹由幸先生が興味深い記事を書いている。

 

幕切れで「おおスカルピア! 神の御前で(共に裁かれよ)!」とトスカが叫んでサンタンジェロ城からテヴェレ川に身を投げ投身自殺するのは劇的だが、サンタンジェロ城は実際はテヴェレ川に面していないため現実的には実行不可能(つまり投身自殺は「フィクションドラマ」)ということは良く知られた事実だと思う。

何かの本で、初稿段階ではトスカは自殺せずにカヴァラドッシの亡骸に泣き崩れるという、現在の改訂版と比べれば生ぬるいエンディングになっていたものを、原作者のサルドゥーが「トスカの自殺は譲れない」と強く主張したため現在の形になったと読んだことがある。何で読んだのかを忘れてしまったのが残念だ。

それを読んだ時は「へえー」としか思わなかったのだが、初稿はエンディングの音楽も現在と違ったものだったことを、このDVDブックの解説書48~49ページで永竹由幸先生が引用している初稿譜で確認することができた。永竹先生がジェノヴァの古本市で発見したボーカルスコアで、恐らくリコルディが初演に向けて歌手や合唱に準備させるために作らせたものだろう。フィナーレは星は光りぬのメロディを14小節に渡って繰り返して終わるエンディングになっており、7小節でストンと終わる現行の改訂版に比べるとかなり長い。「おおスカルピア! 神の御前で(共に裁かれよ)!」の捨て台詞もないのでプッチーニはこの時点では段階ではトスカを自殺させなかったものと思われる

永竹先生はこの解説書で「初演前のリハーサルか再演の時に、この部分はカットされました。多分リコルディがしついこいと言ったのではないでしょうか」と書かれているが恐らく事実はそうではなくて、サルドゥーがトスカの自殺にこだわったためにプッチーニがローマでの初演時にトスカが投身自殺をするエンディングをつけ足したというのが多分正しいだろう2021年追記:上記の初稿譜に投身自殺のシーンをつけ足したバージョンによるシャイーとネトレプコのスカラ座での演奏がBSで放送されたので別に記事にする予定)。

現行の改訂版のフィナーレには「シャルローネと何人かの兵士が階段を上り手すりまで走り下を眺める。スポレッタは茫然として青ざめ動けない」というト書きが加えられているが、初稿譜にはこれらのト書きがなくことからもトスカの投身自殺は考えていなかったことが推測される。単にこれは正式に出版する前の版なのでト書きまで入っていないだけかも知れないが、tutta forza con grande slancio など音楽関係の表記は現行版通り全部入っているので、初稿の時点でもしトスカが投身自殺するならここにト書き表記されていておかしくはないだろう。初稿版はそのほかにもトスカがスカルピアを刺した後の音楽が現行版より長いなどの違いがあるそうだ。

自殺しないトスカなど我々は考えられないが、自殺というのは特にキリスト教では禁じられた行為であり、トスカの投身自殺という劇的な幕切れにすることによってこの作品はヴェリズモオペラとしての性格が強くなり、そのことがこのオペラを成功させたと言って良いと思う。

こうしてサンタンジェロ城からテヴェレ川に身を投げるという実際はあり得ないシチュエーションによって逆にリアルなドラマが生まれた訳だが、トスカの大成功によって「自殺する悲劇のヒロイン」という設定はその後プッチーニの必勝パターンとなり、蝶々婦人、修道女アンジェリカ、リュー(トゥーランドット)と何度も繰り返されることになる。

(追記)
サルドゥーの戯曲「トスカ」(1887年初演)はサラ・ベルナール主演ですぐに大評判となった。そのオペラ化にはヴェルディも関心を持っていたそうだが高齢を理由に断念したらしい。また下記サイトの情報によると、ヴェルディは「イッリカとジャコーザの台本が良いのでプッチーニは成功するだろうがフィナーレは書き改めた方が良い」とも述べていたそうだ。イッリカとジャコーザは「詩情に欠ける」として当初はこの作品のオペラ化には乗る気でなかったと伝えられるが、当初の「幕切れで自殺しないトスカ」の台本はイッリカとジャコーザの考えなのか?プッチーニの考えなのか? ヴェルディの言う「書き改め」は何を意味したのだろうか? オテロの壮絶な幕切れを描ききったばかりのヴェルディの言うことなので、恐らくサルドゥーの原作通りの方が良いと言いたかったのではないだろうか。
http://abend.exblog.jp/18600449/


さて、このDVDブックには2種類のトスカの演奏と、1種類のトスカの映画(1940年にヴィスコンティが撮影したものでセリフによる映画版、トスカのアリアが所々に挿入される)が収められている。ヴェローナの最近の映像は海外ではTDKが出しているもの。ソリストにチェドリンス、アルバレス、ライモンディ、指揮にオーレンを得て、最近の演奏としてはイタリアオペラらしい演奏だと思う。野外劇場ということもあってかこの曲に対する私の期待よりも大味な感じはあるが、この曲の映像としては現在最も勧められるものだろう。

ただこの演出は肝心の幕切れでトスカが実際に投身しないのは残念。最近のメットの演出もそうだった。ケガなどの危険性を考えるとそうなるのかもしれないが、そこは何とかサルドゥーの希望通り派手にやっちゃってほしいものだ。

もう一種類のテバルディ主演、パターネ指揮のビデオも海外では以前から出ていたもの。1961年のシュトゥッツガルトでの演奏だが十分イタリアオペラっぽい演奏ではある。当然モノクロ・モノラルだが安定している。テバルディのトスカはこれ以外にもデルモナコとの録音や日本でのビデオなど結構たくさん残っているし、なかなか優れた演奏だとは思うが、カヴァラドッシがいずれもイマイチで残念だ。テバルディのデッカの録音ではカヴァラドッシはデルモナコではなくボエームや蝶々婦人同様にベルゴンツィにしてほしかった。ヴィスコンティの映画でカヴァラドッシのアリアをタリアヴィーニが歌っていて、いっそのことテバルディとタリアヴィーニの組み合わせで聞きたかったものだ。



アレーナ・ディ・ヴェローナ2006年
・プッチーニ:歌劇『トスカ』全曲
 フィオレンツァ・チェドリンス
 マルセロ・アルバレス
 ルッジェーロ・ライモンディ
 マルコ・スポッティ
 ファビオ・プレヴィアーティ、他
 アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団&合唱団
 ダニエル・オーレン(指揮)
 演出:フーゴ・デ・アナ
http://www.youtube.com/results?search_query=tosca+verona+2006
 


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・1961年シュトゥッツガルト

Renata Tebaldi (Tosca)
Eugene Tobin (Cavaradossi)
George London (Scarpia)
Heinz Cramer (Sacristan)
Herbert Buchta (Spoletta)
Claudia Hellmann (Shepherd)
Orchestra and Chorus of the Staatsoper, Stuttgart/Franco Patanè
http://www.youtube.com/results?search_query=tosca+1961+patane