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続けてマタイを聞いてみたくなった。

・1970年盤

演奏者 : Equiluz, Kurt (Tenor), Ridderbusch, Karl (Bass),
指揮者 : Harnoncourt, Nikolaus
楽団 : Regensburg Cathedral Boys Choir, King's College Choir, Cambridge, Vienna Concentus Musicus, Vienna Boys' Choir Soloists
(1970)

・YouTubeミュージック

 

 

・2000年盤
クリストフ・プレガルディエン(テノール/福音史家)
マティアス・ゲルネ(バス/イエス)
クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ1)
ドロテア・レッシュマン(ソプラノ2)
ベルナルダ・フィンク(アルト1)
エリーザベト・フォン・マグヌス(アルト2)
ミヒャエル・シャーデ(テノール1)
マルクス・シェーファー(テノール2/証人2)
ディートリヒ・ヘンシェル(バス1/ユダ、ペテロ、他)
オリヴァー・ヴィトマー(バス2)
アーノルト・シェーンベルク合唱団
ウィーン少年合唱団
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
ニコラウス・アーノンクール(指揮)
録音:2000年5月、ウィーン

・YouTubeミュージック

 


Wikiによるとリピエーノ(ripieno)には、「合奏でトゥッティから大小に別れたアンサンブルのうちより大きな集団」という意味と、「通奏低音を演奏する際に付け足される音」のという2通りの意味があるそうだ。マタイ受難曲のオリジナルな演奏スタイルではソロを合唱が兼ねるので、ソロを歌わない合唱メンバーは「ripieno」だといえるだろうが、マタイ受難曲の1曲目の場合、ソロ以外のソプラノが全員「ripieno」のパートを歌うのは不自然なので、ここで言うripienoは後者の「通奏低音(このではオルガン)に付け足される音」の意味だろう。

このripienoのみをボーイソプラノに受け持たせて合唱は女声を含めた混声で歌う演奏が多いが、それはメンデルスゾーンの復活上演して以降のロマン派の習慣である。バッハの時代は女性は教会で歌えなかったそうで、ソプラノはボーイ・ソプラノ、アルトはカストラートだった、つまり全員男声だったと考えられている。

カストラートが教会音楽やオペラで重要な役割を果たした1650年~1750年頃は丁度バッハの時代に重なる。カストラートは女声の音域で非常に強い声を出すことができたらしいが、これは現代では再現不可能なので女声のパートをどのように処理するかが常に問題となる。

このため演奏形態には大きく分けて、

1.合唱もソロもボーイソプラノとカウンターテナーを用いて全員男声で演奏する、
→ アーノンクールの旧盤やレオンハルト盤など

2.合唱のみボーイソプラノとカウンターテナーを用いてソロには女声も起用する
→ ソプラノソロのみ女声(カークビー)を起用したクラウベリー盤など

3.ripienoのパートのみボーイソプラノ(あるいは少年(少女)合唱)に受け持たせてソプラノの合唱とソロには成人の女声を起用する
→ ほとんど全ての演奏(アルトの合唱とソロは女声アルトの場合と男声のカウンタテナーの場合がある)

という3通りが存在する。


合唱もソロも全員男声で演奏した(上記1の)最初の演奏がアーノンクールの最初のマタイだ。古楽器による最初の録音だったということもあって当然にかなり地味な響きがする。ボーイソプラノはカストラートや女声のような強い声は出せないので劇的な表現はどうしても弱くなる。健闘しているとはいえ音楽的な未熟さも伴う。

しかし当時としてはかなり斬新なテンポも今聴けば常識的なものだ。「舞曲のようだ」と言われた1曲目(7分25秒)も6分台の演奏も珍しくなくなった現在では普通のテンポか、むしろ少し遅めに聞こえる。リヒターのような重い演奏が普通だったこの時代にマタイを本来の姿に大幅に近づけたという点で、このアーノンクールの最初のマタイはメンデルスゾーンの復活上演以来の歴史的な偉業だと私は思う。

アーノンクールに始まったバッハルネッサンスはその後オランダやイギリスにも飛び火し、よりバッハの時代のスタイルに忠実に演奏者数をかなり絞り込んだ演奏も出てきた。特にソロにボーイソプラノを使う場合はオケに負けてしまうのでオケを絞り込んだ方が良いと思う。

逆にそれほどオケを絞り込まないのであれば、ソプラノソロは女声を使った方が良いように私は思う。ただしノンビブラートかそれに近い歌い方ができるソプラノに限る。カウンターテナーはアンドアス・ショルやマイケル・チャンの活躍もあり演奏技術がこの十数年間で大幅に進歩したのでアルトはカウンタテナーで良いと思う。

合唱についてはボーイソプラノが良いか、女声が良いか? う~ん、これは難しい。マタイはヨハネと比べても激しい音楽なのでボーイソプラノでは苦しい部分もある。合唱までボーイソプラノにしてしまうとripienoとの差別化ができなくなるという点もある(まあこれは初演時からそうだったはずだが)。全体としてややおとなしい感じにはなるが、それでも少年合唱特有の清楚な雰囲気の演奏は独特の魅力を持っている。

ripieno以外の合唱にもボーイソプラノを起用している演奏のうち、レオンハルト盤は私は未聴だ。試聴を聞くとテンポが意外に遅く(1曲目が8分29秒、コラールもかなり遅い)、それにテルツ少年合唱団があまり良くないという評判があるので...
でもアーノンクールの旧盤とクラウベリーのDVD(いずれもKing's College Choir, Cambridgeが参加している)は一聴に値する演奏だと思う。

クラウベリーのマタイ
http://jp.youtube.com/watch?v=Xh-Rw7ukTFY
http://jp.youtube.com/watch?v=BKWblia3Ic0

レオンハルトのマタイ(試聴あり)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2-%E5%85%A8%E6%9B%B2/dp/B0009I8UOG

さてアーノンクール自身はその後マタイを1985年にコンセルトヘボウでモダン楽器で再録音したがこれはチャリティ用のレコードだったそうで、アーノンクール自身によって廃盤にされた。満を持して再録音されたのが2000年の新盤だが、この演奏は私の予想とはいくつかの点で異なっていた。

まず編成がかなり大きくなった。メンバー表によればバイオリンは18名だ。旧盤の12名から5割増しだ。合唱とソロに女声が入ったのは考え方の問題なのでそれ自体で良いとも悪いとも言えないが、合唱の人数はオケに合わせてだいぶ多くなったようだ。

テンポは全曲で162分で全体としては旧盤(175分)よりも洗練され旧盤にあったある種のぎこちなさは解消されているのだが、全体としてこの演奏のオリジナル度は30年前の旧盤よりも薄まっているように私は感じた。この間、アーノンクールはオペラやモダンオケの指揮者としても一流と見なされるようになった。世間ではこの新盤を高く評価する声もあるようだが、私には彼がオリジナル楽器でこれから何を目指しているのかこの演奏からは良く分からない。丁度リヒターの旧盤と新盤との関係に近いように思う。

実はそれでも聞く頻度は新盤の方が多いかもしれない。それは私が持っている新盤はDVDオーディオという最近あまり見ないフォーマットのディスクであって1枚に全曲が収まっており、ディスクを交換する必要がないからである。高音質を謳った類似のディスクにSACDがあるが、SACDは収録時間が1枚80分程度でCDと変わらない。映像つきのDVDがこれだけ出回っているのに音だけでマタイやオペラはもとよりマーラーの交響曲すら1枚に収まらないSACDのニーズってどのくらいあるのだろうか? (レオンハルトのマタイが今度SACD化されるそうだが3枚組みで8000円もする!)

その点DVDオーディオは長時間だしDVDビデオプレーヤでも再生できる。要するにDVDの動画が静止画になっただけだ。私はDVDオーディオの方が優れていると思っているがソニーが推進するSACDに負けてしまったようで残念だ。そのSACDもそれほど普及が進んでいるようには見えない。ソニーはベータ方式の時に「映画を録るのに2時間必要」という声を無視してVHSに負けたと言われるがSACDも技術先行でニーズを見誤っているように思う。

 

1970年盤はバッハ時代は教会で男声のみで演奏された(ソプラノはカストラート)ことからソプラノのソロと合唱をボーイ・ソプラノに、アルトのソロと合唱をカウンターテナーに歌わせましたがボーイ・ソプラノではカストラートのように強い声は出せないため、アーノンクールは2000年盤では「男声のみ」という演奏スタイルを変更し女声ソプラノのソロと合唱を起用しています。
 1985年にコンセルトヘボウでライブ収録されチャリティレコードとして発売された2回目の録音でも女声のソロと合唱が起用されていました。この1985年の再録音はLPで発売された後、テルデックが(アーノンクールに無許可で?)一度だけCDで出した(国内盤も出た)ことがあるのですが、アーノンクール自身の意思により廃盤になって封印されました。その2回目のマタイ受難曲のライブ音源の映像が残っていてYouTubeで初めて聞くことができました。

 

 

Anton Scharinger (bas), Arleen Auger (sopraan), Equiluz Kurt (Evangelist; tenor), Jadwiga Rappe (alt), Jard van Nes (alt), Koor van het Concertgebouworkest, Philip Langridge (tenor), Robert Holl (Jezus; bas), Ruud van der Meer (bas), Sheri Greenwald (sopraan), Sint Bavo Kathedraal Koor Haarlem
Orkest: Koninklijk Concertgebouworkest
Dirigent: Nikolaus Harnoncourt
Locatie: Concertgebouw, Amsterdam
Opnamedatum: zondag 31 maart 1985

 

 アーノンクールは2000年にマタイ受難曲の3回目の録音をしていますが映像は残さなかった(ヨハネ受難曲はユニテルの映像がDVDで出ている)ので、これは大変貴重な映像です。と同時にアーノンクールの後の演奏とはだいぶ趣が違うので大変驚きました。第一オケと第二オケを左右に配置するのは納得としても左右のオケがそれぞれピリオドオケ1台分ぐらいあるので全体にアーノンクールのバッハとしてはかなり大きな編成になっています。
 エクヴィルツのエヴァンジェリスト、オジェーのソプラノ、ホルのバスなど独唱声楽陣は優れていると思いますが、全体としては今一つアーノンクールらしい切れ味に欠けた演奏かなという印象を受けました。アーノンクールが封印してしまった理由が何となく分かるような気がします。