最近は寒さに弱くなったのか、すぐに身体が冷えるようになったので、こっそり腹巻をしている仲摩です。
オシャレは我慢と言いますが、オシャレのために我慢できないので、オシャレな腹巻きにしようと思います。
#これで解決!
どうも。
今回は、この「仲摩匠平オフィシャルブログ」を昔から読んでくれている方には聞いたことある話かもしれませんが、改めて「仲摩匠平」という人物を紹介をさせてもらおうと思います。
僕は、海と山に囲まれた広島県呉市の海岸通りで生まれ育ちました。
小さい頃は、住んでいたマンションの前にある公園でよく遊んでいて、休みの日なんかは、朝から晩まで近所の友達や大学生のお兄さんたちとサッカーやら缶蹴りやらをして遊んでいました。
僕には4歳と5歳離れた兄ちゃん2人がいるので、年上のお兄さんやお姉さんとも遊んでもらうことが多かったです。
そんな僕がバスケットボールと出会ったのは小学1年生の頃。(実際にバスケットボールに携わったのはもっと昔だと思うけど、認識したのはこの頃かな)
僕の通っていた学校には、バスケットボールクラブというものがあり、そのクラブの外部コーチを父ちゃんがしていて、兄ちゃん2人もそこでバスケを習ってました。
そんな家庭環境で育ったせいか、バスケが好きで始めたというより「父ちゃんや兄ちゃんがやっていることを俺もやりたい!」という末っ子特有の性質がバスケの道へと進むきっかけでした。#末っ子あるある
ですが、クラブに入れるのは小学4年からだったので、すぐには入部することはできず。
朝練や午後練について行っては、コートの外で見様見真似でドリブルしてみたり、ボールを抱きながら必死に練習を見たりと、羨ましそうに兄ちゃんたちの姿を見ていたのをうっすらとした記憶の中に思い出します。
「俺も一緒にやりたい!」
まだクラブに入れないと言われれば言われるほど、その気持ちは強くなっていきました。
と、ここまでは僕がバスケットに出会うまでの話を簡単にさせてもらいましたが、ここからはプロバスケットボールを目指すまでの話をさせてもらいます。
(「出会うまで」〜「目指すまで」の間のエピソードトークもいつか機会があれば)
大学4年の10月くらいだったかにバスケ部を引退して、まだ就職活動中だった僕はいろんな企業の面接に行ってました。
その頃の僕は未だやりたいことが見つかっておらず、探していた企業の条件といえば「場所は広島県内!」「休みは週休2日制!」。
やりたいことは決まってないくせに、なぜかこの2つの条件へのこだわりがありました。
今考えると舐め腐った考えをしていたなと思いますが、その時はこの2つの条件に譲れぬものがありました。
#できない奴の要らぬこだわり
そんなこだわりしかないので、面接に行っても大した答えを持っているわけじゃなく、答える内容を準備してはいくものの、ひどい時なんかは、
面接官 「長所と短所をお願いします。」
仲摩 「自分の長所は、何事にも根気強く集中できることです!短所は、一つのことに集中過ぎてしまい、周りが見えなくなってしまうことです!(的なことを答えたはず)」
面接官「それでは、今までそのような経験はありましたか?」
仲摩:「いえ、ありません!!」
面接官「・・・。あー、、そうですか、、、」
完全にやっちゃってますね。
この面接で良かったとこを探すとするならば、面接官の質問に間髪入れずハッキリと答えられたことくらい。
#返事よし!中身なし!
今後のことも決まっておらず、気持ち的にもどっちつかずで中途半端な生活をしている時に、たまたま当時BJリーグの東京アパッチに所属している兄ちゃんの試合を大学の後輩と観戦に行くことになりました。
テレビで実業団の試合を見たり、BJリーグというプロリーグができたことは知っていましたが、基本人の試合を見るより、自分でプレーするのが好きだったので、見たいというより「大学生活最後の思い出に兄ちゃんの試合でも見とくか〜」という感覚でした。
しかし、その試合の観戦が僕の人生を変えました。
その頃の僕には、東京へ行くということだけでも特別な感じがしていました。
新幹線に乗り、電車を乗り換えながら有明コロシアムに向かって行く道中、会場が近づくにつれ、周りの雰囲気や人の数がどんどん増えていくことに、自分でも脈が感じ取れるくらい気持ちが高揚しているのが分かりました。
雰囲気に圧倒されそうになっていることを後輩にはバレないように、必死にいつも通りを装い、チケット売り場で汗ばんだ手でチケットを受け取って、はやる気持ちを抑えながら会場入り口のドアを静かに開けました…。
「なんだこれは、、、」
ドアを開けた瞬間の煌びやかな照明、ド派手な音響、万を超える人の数
今まで感じたことのない衝撃に、それまで必死に抑えていた何かが吹き飛び、完全に圧倒されて立ち尽くしていました。
この時初めて、バスケットボールを競技としてではなく、スポーツエンターテイメントとして認識した瞬間でした。
それからすぐ自分たちの席に座るのではなく、ただただ雰囲気を味わう為だけに、意味もなく会場内を歩いていました。
やっと気持ちも落ち着いてきて、自分たちの席に座り、コートの方をみてみると、華やかな照明、ド派手な音楽がかかっているその場所には、昔から見慣れた兄ちゃんが立っていました。
プロ選手になったと聞いた時は、プロになってことは分かっていてもどういうことだかイメージいませんでしたが、実際にプロ選手としてコートに立っている兄ちゃんは、いつもよりかっこよく見えました。
今まで就活をしていてもなかなか気持ちが入らなかったけど、この時自分の中でやりたいことが明確になりました。
「俺もこのコートに立ちたい!」
奇しくも、小学1年生の時に思っていた気持ちと大学4年生の時に抱いた感情がリンクしていました。
そしてその日、僕はプロバスケットボール選手になることを決めました。
改めてお話させてもらいましたが、少しでも「仲摩匠平」のことを知ってもらえたら嬉しいです。
「選手から経営者へ」というところもいつかお伝えできたらと思います。
それではこの辺で。
今回もお時間をいただきありがとうございまーす。