東京でひとり暮らしている時のこと。
健康診断結果を受け取りに近くのクリニックに行きました。
そのクリニックにはたくさんの患者さんが待っていました。
口コミをみて、先生がとても親切で丁寧で的確と書いてありました。
こんなに混んでいるなんて、やっぱり人気があるんだなと思ったのを覚えています。
やっと診察室に入ったところ
ぱっと見でもわかるくらい先生が疲れ切っていて。
「 血液検査をみても正常!でも脂ちょっと多めね。笑」
冗談混じりにそう笑いながら結果を説明してくれました。
ありがとうございましたと頭を下げ
退出しようとしてふとみると下を向いてぐったりしている先生。
それをみた瞬間、歩み寄って肩に触れ、お疲れさまですと声をかけたくてたまらなくなりました。
けれど、そんな衝動も患者と先生の立場上、瞬間的に止めてしまった自分がいました。
今日のバトンを終えてそんなことを思い出していました。
社会には当然役割というものがあります。
仕事であれば最初から役割があって、与えられたその役割の通りに動きます。
家族も役割の中にいる。お父さんの役割、お母さんの役割があって子供もその中にいます。
そうじゃないところでは、求められて役割ができたり、
あるいは、自ら役割を作って動いています。
見渡してみると、役割がない場所や関係性ってほんとうに見当たらない。
自分が役割の中にいることさえ気づかないほど
役割というものは浸透しているものです。
その役割の中にいたら、想いを止めるしかないと思うのです。
ルールが決まっていたり、立場上できないことがたくさんあるから。
私がクリニックの先生に声をかけられなかったように。
そしてどんどん狭い制限の中に入っていってしまう。
あれもだめ、これもだめって。
その中にいて
自分が本当は何をしたい人なのか。
何を感じたいのか。
きっとわからなくなってしまっている…
人と人との関わりにおいて
ほんとうは役割なんて必要がないんだと思うんです。
だって
ここ蒼穹の想いは役割というものがありませんから。
それぞれが自分らしくいて
目の前の人にやりたいことをやるだけで
何かの問題が起こることがないし
ストレスもありません。
役割がよくないと言っているのではなくって。
役割がなければこの社会は回りませんし
その役割も相手のためにあること知っています。
ただ…人と関わりたくて仕方ない人には
この社会はきっともどかしいものでしかないでしょう。
その人のためにもっとしてあげたいと思っても
立場上、それ以上関わることができないのですから。
社会の中でそんなもどかしさを感じている方が
今日 九州からいらっしゃいました。
短い滞在になるけれど
蒼穹の想いで役割のない関係というものを少しでも体験してもらえたら。
自分らしい想い、相手らしい想い、それを少しでも感じてもらえたら。
そもそも人との関わりに役割なんてなくって。
目の前にその人がいて
自分はその人に何をしたいのか。
ただそれだけです。
そしてお互いに笑い合えるはずだから。
Setsuko
setsuko.nrt@gmail.com
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