兵庫は晴れ。

お庭に光が注いでいてすごく綺麗。

朝から気持ちがいい。

 

出雲とは違う植物たちがたくさんいるし

陽の当たり方も違う。

 

セダムの森も、出雲よりたくさん群生している感じで

他の植物たちとの共生に目がいくし

木漏れ日のコントラストがすごく美しい。

 

ここヒーリングテラス天弓の雫のお庭も本当に大好きだな。

 

このお庭にいるだけで

お手入れをしているそらさんも、

ここに関わっている方のことも感じられる。

そんな場所になっている。

 

ここを訪れる人は何に目を留めるだろう。

そんなことを想像しながら。

 

上手く育っていない子を見つけると移植するそらさん^^

 

 

昨日そらさんからこんな話がありました。

 

人は

相手は何ができて、何ができない人という見方をしてしまう。

 

だから、これができていないとか、これをやるべきだと

できないところを指摘したり補足しようとしたりするけれど…

 

 

その人の「人生」の中では本当は

すべてができる人で

指摘をする必要ないという人生を送っている。

相手にはあなたからの訂正は必要がないんだ。

 

その状態で、その人の人生を完璧に生きているはずなんだ。

 

相手は相手の人生をベストで生きられる状態なんだ。

 

そんな言葉がでた。

 

けれど、これは関わり方の話ではない。

 

意識の話。想いの話。その前提で想いを表現してほしいし

相手に必要なことを問いかけてほしい。

 

相手の幸せを願ってほしい。

 

 

 

 

20代の頃、ケニアを旅したことがある。

360度の地平線をみてみたかった。

広大な自然の中で生きる野生動物たちの姿をみてみたかった。

 

飛行機で降り立った時、シマウマは普通にいたし

遠くを見ればキリンがいる。

 

それだけですごく嬉しくて窓に張り付いて外をみてた。

 

 

国立公園の中にあるロッジに宿泊。

周りが堀のようになっているのが気になって聞いてみたら

カバ除けだっていう理由にすごく驚いた。

 

カバは昼間は川で水浴びをして、夜は陸にあがって草を食べる。

実はすごく凶暴で夜に出会うと人を襲うらしい。

 

それまでは水の中にいてもっと大人しいものだと思っていた。

 

 

夜明け前。

まだ暗い時間から気球に乗り、地平線から登る朝日は本当に綺麗だった。

大空から下を眺めると一匹のカバが広大な大地を歩いていた。

 

 

 

 

マサイマラ保護地区にいったときに、

マサイ族の村を訪問しました。

 

ケニアからタンザニアに住む放牧民族の先住民。

 

どんな生活をしているのか。

どんな家で暮らすのか。

実際に見ながら色々なことを教えてもらって。

 

その時感じたことは、このマサイ族たちは先住民ではあるけれど

観光の収入で生きているんだな。

(そうではない昔ながらの暮らしをしているマサイ族もいます。)

 

そんな風に思った。

 

 

 

そんな旅の思い出を思い出したのは

兵庫に来る前にとあるテレビ番組をみていてのこと。

 

 

その番組というのが、とある女性にスポットをあてたものでした。

 

ケニアのサバンナにロッジを造ることを計画している日本人がいて造園ができる人ということで声がかかった日本人OL。

ケニアのサバンナのど真ん中に東京ドーム2個分の広さの大庭園を造ることになったけれど

実際に造るとなると労働力が足りません。

 

するとマサイ族を2人紹介され測量をしはじめる。

マサイ族の2人が日本人女性と木を持って変なことをしているというウワサがウワサを呼び、他のマサイ族たちが大勢見に来た。

 

「なんか楽しそうだな!」という彼らに「ちょっとやってみない?」と伝えたところ42人のマサイ族が集まりスカウトに成功。半年かけて植物の配置図面を作成することができた。

 

暇さえあればジャンプしてしまうマサイ族。1人がジャンプすると次々ジャンプしはじめてしまい1時間も止まらなくなってしまう(マサイ族は重要なダンスのためにジャンプするのだそう)。

造園づくりに着手するも、思ったように進まないという笑い話も交えながら。

 

なんとかスムーズに作業が進むようになり、1年後に大庭園が完成。

 

それが、本当に素晴らしい庭園で、荒地だった場所が緑化されて植物が青々としている土地になっていました。

 

 

彼女は出来上がった後にマサイ族に「この庭園どお?」と聞いてみた。

 

そしたらそれが、無反応だったそう。

 

 

スタジオのみんなが「えーーーっ 」と叫ぶ。

「 これだけ変わっても? 」

「 全員ジャンプだよね、ジャンプしないの? 」と言うばかり。

 

それに驚く。

 

彼らは全く喜ばなし、それがどういうことなのかをよくわかっていない。

 

彼らが自分たちに必要で喜ぶのは嫁と牛をもらったときくらい。

 

 

そういうことが相手との関わりの中で常に起こっている。

 

 

これは極端すぎる話かもしれません。

 

でも、その人の人生は、すでにその人が歩める状態になっている。

 

何かを変えようとするまえに

それに気がついてほしい。

 

あなたの人生自体に。

 

 

Setsuko

setsuko.nrt@gmail.com

 

 

番組をみた後で、

 

わたしが思った「マサイ族は観光の収入で生きているだな。」

という考えがガラリと変わりました。

 

彼らはよくわからずにそれをしているのかもしれない。

本当のことは決してわからないけれど

20年前の過去の記憶すら今こうして変わっていく。

 

その人のことを知っていくと できないところに

その人らしさを感じるようになるし、

欠けているからこその人生が そこにあるということが

たくさんの人生をみていくと少しずつみえてくるんです。

 

自分とは違う相手の選択にハラハラドキドキすることもたくさんあるけれど

そこ選択の先にあるものが誰も予想がつかないことだったりして。

ほんの少しでもいいからその人だからこその人生を感じたい。

いつもそう思っています。

 

 

 

 

そら(山本 博)さん主催の《本質的な叡智のバトン》

兵庫・芦屋で10月17〜10月25日まで開催中です。

 

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