わたしの知り合いに

精神科のドクターをしていた方がいます。


もともと脳の研究者としての道を進んでいて

その一環で入院病棟で重度の患者さんをみていたそうです。


病院にいても白衣を着ないで病棟をまわり

患者さんを普通の人として接していて病院側からよく怒られていたそう。

先生と患者さんという立場を取っ払ってその人のことを知ろうとしている人でした。



その方が私に語ってくれたことが今でも忘れられない。




精神科の医師の仕事は患者さんの症状を聞いて薬をだすこと。

他の科と違って、患者さんに指一本触れることはない。

患者さんの様子や話していること、患者さんが訴える症状をもとに

病名をつけて薬をだしてあげること。


医師はそれしかできない。

それしかできないし、それが仕事だ。


患者さんに寄り添う仕事の方は他にいる。

その人たちは本当に大変だと思う。



同じように寄り添いたいと願う医師は壊れていく。

患者さんと同じように精神安定剤を投与するようになった同僚が何人もいた。


それも自分で投与できるからそれを知る人もいないし制御する人もいない。

結果としてそんな風になってしまったら仕事としてプロではなくなってしまう。

冷静な判断ができなくってしまうのだから。

そして本人が…壊れていってしまう。


患者さんの訴えを形にしないといけない。

病んでいないのではないかと思っても、病名をつけなければならない現実。

薬をださなくてはならない現実。


だから薬の成分が入っていない偽薬を使うこともよくあって

「これすっごい効くから」と処方すると本当によく効くんだ。


そう話していました。




わたしはこの4年、本質的な叡智のバトンに参加し続けた中で、

医師の方もお会いしたことがあるし

看護師の方、カウンセラー、介護の現場の方など

医療の現場に関わる方々にたくさんお会いしました。



そもそも、JALの商社を退職した後

医療機械を扱う友人の会社のサポートとして

たくさんの医師にお会いして話しました。




もちろん、みんな救いたいと思ってスタートした人たち。



その多くは人を救いたくてその職業を選択をしたはずなのに

どうしてその職業を選択したのかさえ

わからなくなってしまっていた。



目の前で繰り広げられる「 人を救えない 」という現実を突きつけられて

絶望に気がつけないほど、絶望してる人たちだった。


自分らしい本当の人生を模索することをやめ

価値ある人生をただ求め、結果を出し続けたり諦めてしまったり。



みんな現実から目を逸らし誤魔化すために様々なことをしていた。

社会的な地位を獲得した人は、お金の使い方は激しかったし

価値あるものを追いかけていた。


社会的な結果を出せない人は

まずは自分が幸せにと好きなことを追い求めたり

スピリチュアルな世界に目を向けていたりして

相手がいなくなり、自分を見失っていた。


もしかしたら、そういう現実逃避というのは

「 助けられなかった人が、別の世界では助かっていてほしい… 」という願いの裏返しだったのかもしれない。



だから、それぞれの役割の中だけで、ベストを尽くした…と正当化して

相手がいない状態になっていた。


早くに自分の想いを消して、目を逸らした分

自分を感じるということがわからなくなっていた。


自分の好き嫌いだけがわかるから、好き嫌いが自分だと信じ込んでいた。



そんな方達が、そらさんの元を訪れ話していく中で

見失っていた自分を取り戻していく姿を何度も何度も何度も…

目の当たりにしてきた。


そらさんの話を聞いたからと言って

救うための手法を知れるわけではなく、救える人になるのでもない。

現実が変わるわけではないけれど…


説明はできないが、自分を取り戻すのだ。


そして一から、相手をただ想う人になっていく。





人生が何のためにあるのか。


わたしたちは何に意識を向ければいいのか。



それを知ることで、見失っていた自分を、想いを取り戻して

笑顔で現場に帰っていきました。

何人も何人も何人も。


これからの人生で何を感じ、どこを見ればいいのかを知ることができたから。





医療の現場にかかわらず、本当はみんな

人を救いたいんだと思う。


だからせめて、目の前の人を笑顔にしたいのだと思う。


幸せが何かもわからないけど、幸せにするために笑顔にしたいのだと思う。


笑顔にすることに虚しさを感じながら。



私自身もそうだった。


私がここでよくシェアするYukaちゃんも

えりちゃんも、さやちゃんも、まっちーも、ちえちゃんも、ちぃちゃんも
ゆきちゃんも、みちるちゃんも
まるちゃんも、ようこさんも、ようこちゃんも、りょうこちゃんも、ケイちゃんも、

ちあきちゃんも、しげみちゃんも、ちはるちゃんも、みほちゃんも、あきちゃんも、

ひろこちゃんも、しょうこちゃんも、ゆみちゃんも、

 

数えきれないほどの全国のみんなも
・・・・・・・・たくさんたくさん、全ての人が。



でも、私たちは知ることができた。

しっかりと今、リアルな現実の中で苦しんでいる人の
何を感じてあげればいいのかを。
何を想い何を願ってあげればいいのかを。

その人の人生には必ず本質的な流れがある。

それが、確実にあることを知ることができたから。




だからぜひ一度、本質的な叡智のバトンに参加してみて欲しい。


今の私は、未来のあなただし

今のあなたは、過去のわたしだから。

 

 

Setsuko

setsuko.nrt@gmail.com

 

 

人生の上で。

人を救おうとしたら、救える数が増えるのではない

「 救うとはどういうことなのか 」を知ることになる。

 

人を癒そうとしたなら、あなたに癒される人が増えるのではない

「 癒しとは何か 」を知ることになる。

 

そう、そらさんは出会った頃から言い続けています。

 

 

 

本質的な叡智のバトンは、今まで思ってきたものとは全く違う「救い」というものを

目の当たりにできる場でもあります。

 

わたしも4年かけてホメオパシー(自然療法)の資格を取得し、心理学を学び、

それ以外にも様々なセラピーを学んできたからこそ、

バトンで人が救われていく現実に驚き「 救うとはどういうことなのか 」を問いかけ続けています。

 

 

バトンに参加している鵜飼秋子さんは

3年間ケースワーカーの仕事をしている中で

精神疾患の患者さんが誰1人として治らない現実を目の当たりにしてきました。

彼女もそういう経験があるからこそ本質的な叡智のバトンでみた事実に驚愕し、そのことを具体的に書いています。

 

 

先日の記事の中でもシェアしましたが

この記事をもう一度ご紹介したいと思います。

 

 

 

出雲での本質的な叡智のバトンはここ”蒼穹の想い”にて

明日から27日まで開催されます。

わたしも参加します。

 

▼そらさんのブログ

 

 

 

 

《 蒼穹の想い 》という場所

https://ameblo.jp/n-setsuko/entry-12604093251.html

 

 

【 Setsuko プロフィール】

https://ameblo.jp/n-setsuko/entry-12344192927.html