何事も決めたらひとりで淡々と進める人。

 

わたしを知っている人はそう思うかもしれない。

 

 

だから、先日書いた移住の決断も「 setukoらしいよね 」と思う人が多いだろう。

 

でも実はわたしは

想像ができないことは “異常なほどに恐れてしまう私”だということを知っている。

 

昔、ゲゲゲの鬼太郎ハウスに入って怖くて動けなくなった経験がある。

( もちろん立派すぎる大人になってから汗 )

 

 

役員秘書などもやっていたほど、

物事を完璧なまでにこなすようにみられることがあるけれど

それは頭の中のシュミレーションでなんとかカバーしてきただけ。

だから想像できないことはシュミレーションができずに恐怖にさえ感じる。

想像ができることもシュミレーションできていないと不安でいっぱい。

 

今回の引越しでクローゼットから押入れになることだけでも

この長いコートはかけられるんだろうか?

なんてことを心配するくらい小さなことまで気にして。汗

 

それが自分だけのことならまだしも

たくさんの方が訪れてもいいようにと考えはじめると

未知の世界が広がりすぎてしまい毎日がパニック状態。汗

 

 

簡単にいうと相当にビビリだってこと。笑

今まで表面に現れなかったそんなわたしに出会いました。

( 知ってはいたけど、ここまでとは…そんな出雲移住でした )

 

▼想いの上に立つ(出雲移住のこと

https://ameblo.jp/n-setsuko/entry-12424881343.html

 

 

それなのに、わたしは全てを自分がやろうとしてしまう人。

人がやるべきことというのがなくて

自分がやるべきことの中にすべてが入ってしまう。

 

価値観というレベルではなく本質的に。

( その部分では基準がもてないようなのです。)

 

本質なので変えようがありません。

一人で背負いこみ独りで悶絶する日々。

 

 

 

強いんだか弱いんだか。

恐れてるんだか恐れてないんだか。

度胸があるようなないような。

 

そんな感覚になるのは、

想像ができないことに対して恐れているのに

人のことまでも自分がやるべきことになり全てやる前提だから。

 

 

そんなわたしが選択した移住。

 

シミュレーションを何度もしても

打ち消せなかった想い。

 

ビビっていられなかった決断。

 

 

みんなの笑顔がみたい。

 

 

 

 

 

 

今回の出雲移住のことでは

誰かに動いてもらうことを申し訳なく思ってしまうことも手伝って

とにかく全部わたしがなんとかしなくちゃと必死でした。

 

けれども、毎日毎日がパニック状態。

時間的な制限もあり自分ひとりでは到底やりきれない。

ひとりでは何もできなかった…

 

 

そんなわたしをみんなが笑ってくれていた。

みんなが自分のできることをしてくれていた。

 

そして結果的にできたスペースは、自分の想像以上のものでした。

 

 

 

 

物件探しから物件が決まるまでも、

場を整えるための日々の準備も

お庭のお手入れも。

書ききれないほどの後押しがあって

 

特にインテリアや住みやすい環境づくりは

想像を遥かに超えて素晴らしすぎました。

 

 

 

それは関わった方たちの想いがひとつの流れになりカタチになったから。

 

 

すべてのことを自分自身のこととしてやろうとしてしまうけど

わたしがやってできることはたかがしれている。

 

頑張ってやったとして自分が想像できる範囲のことでしかない。

 

 

求めた結果が訪れるということも素敵なことだけど…

 

こんなにも、

求めていた以上の結果が訪れたことが信じられないほど

幸せすぎる。

 

 

 

今回の出雲移住は、自分が求めるもののためではなかったし、

結果をだそうとしていたら絶対に選択しないこと 』で

求めていないのに、求める以上のことが手に入りました

 

それは、素晴らしい場所ができたことではなくって

 

わたしが想像もしなかったカタチで

わたし自身が、幸せを感じることができるのだという実感。

 

求めていないことの中に、

人生の上で本当に必要なものがあるなんて思いもしなかった体験。

 

 

 

 

 

 

 

振り返ってみると、そこには必ず人との接点がありました。

 

みんなバラバラなオリジナルな本質を持つ

それぞれの人生との接点です。

 

ほんとうに、それぞれが自分の人生として関わってくれました。

 

 

 

 

一段落ついた頃にふとこう思いました。

 

 

 

 

 

「 わたしたちの人生は多くの方と織りなしているんだなぁ… 」

 

 

 

 

言葉としては当たり前な言葉なんだけれど…

 

 

それを感じたら、関わってくれている人たちのことがみんなみんな素敵にみえて。

 

わたしはいま、幸せに感じることも、豊かに感じることも、

関わる人が広がるほどに、どんどんと広がり深まっていくフィーリングです。

 

それはオリジナルな本質が関わりあうからこそ感じること

 

 

 

 

わたしは、何でも自分がすることだと思い抱え込んでしまう人。

 

そしてシミュレーションして何でも完璧なまでにこなそうとする人。

 

ひとに頼むこともしない人。

 

自分の力で何でもしてしまう人。

 

だから、わたしは、自分で創れる人生しか見ることができません。

 

そんなわたしが見ることができた世界。

 

 

 

 

織りなして、想像を遥かに超えた人生があるということ。

 

 

 

これは、「 がんばりすぎないで 」とか「 役割を分担しましょう 」とか

「 相手のやるべきことを奪わないようにしましょう 」とか「 自分を大切に 」というような

そんなレベルではなくって、本当に全く違う世界という人生を見るために

大きなきっかけとなった体験。

 

 

 

想いの中にいる人たちと、

もっともっと面白い世界が観れるに違いないと確信できた体験。

 

 

この事は本当に、これからの私の人生に大きな希望を与えてくれています。

 

いまは希望しかないといっていいほどに。

 

 

 

だからといって、これからのわたしも

何でも自分がやってしまおうとする人

 

本質だから変わらない

 

でも、織りなしている本質的な世界を知ったから

これからは、多くの方々がいつも心の中にいて

いつも幸せでいられる。

 

 

 

 

 

だからわたしは人生に関わろうとすることをやめたくない。

 

 

わたしが感じたい幸せや、豊かさは、誰かを想い続けることだから。

 

 

わたしがみたい世界には、みんなの存在が必要だから。

 

 

はじめて逢う人のことも。これから出逢う人のことも。

 

 

 

全ての方の人生にも想像などできないような深遠なものが必ず流れています。

 

そう信じ続けたいし、それを見ていたいから。

 

 

 

何も訂正する必要がない本質的な人生を歩むことは必ずできます。

 

 

どうか人生を諦めることがありませんように。

 

 

わたしがお伝えできることがあるならば、いつでもお話ししたい。

いつもいつもそう思っています。

 

 

Setsuko

setsuko.nrt@gmail.com

 

 

 

 

わたしの人生にこんなドラマが待ってるなんて夢にも思っていませんでした。

 

面白いところにたどり着いたけど、これは人生の中でただの通過点。

 

これからもっともっと面白い展開が待っていることでしょう。

 

確実に。間違いなく^^

 

どんな人生を歩んでいくのか自分自身が楽しみで仕方がありません。

 

 

 

よろしければこちらもお読みいただければと思います。

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